第10章 愛してる
──第28回壁外調査 三日目 夕方
アリアは長い息を吐いた。
ゆっくりと沈もうとしている太陽はその姿を赤く染め上げる。
(少し向こうに雨雲があるのが気になるけど、あれくらいなら夜まで持ち堪えられるはず)
グリュックに揺られながら、アリアは周りを見渡した。
夏はともかく、冬目前のこの季節に雨が降ってくるのはかなり厄介だ。ただでさえ視界が悪くなるのに、その上体温を奪われてしまっては大変だ。
前方で走るリヴァイが不意に振り返った。
「もうすぐ補給地点だ」
「はい!」
「やっとだな」
「早くあったかいスープが飲みたいよ……」
馬の上でエルマーは大きく伸びをする。それに同意するようにナスヴェッターも頷いた。
この三日間、巨人との戦闘はほとんどなかったと言ってもいい。
兵士の損害もそれほどなく、この調子でいけば明日の最終日に巨人捕獲作戦も行えるだろう。ハンジが飛び跳ねて喜びそうだ。
そのときだった。
南の方角で一斉に赤の信煙弾が打ち上がったのは。
「あと少しだってのに」
エルマーがぼやく。
通常ならばいくつもの信煙弾が打ち上げられることはあまりない。巨人が何体も出現したと考えるべきだろう。陣形の崩壊を防がなくてはならないし、何よりこれ以上巨人を避けての迂回はできない。補給地点がすぐそこにあるのだから。
さぁ、特別作戦班の出番だ。
「アリア、ナスヴェッター、エルマー、お前らは南の援護に──」
言いかけたリヴァイはそこで言葉を止めた。
目を細め、北の空を見上げる。つられてアリアたちも同じ方角を見た。
「また、赤の……く、黒の信煙弾もあります!」
アリアは息を呑み、言った。
数本の赤い煙に混ざり、黒の煙が立ち昇っている。それは、作戦続行不能の合図。黒い煙はゆらゆらと不吉に揺れていた。
「アリアとナスヴェッターは南に、俺とエルマーは北を片づける。必要であれば増援を呼べ。いいな」
「りょ、了解です!」
アリアはナスヴェッターと顔を見合わせ頷く。
グリュックの頭を南へ向ける。急がなくてはいけない。