第9章 姉さんの隣で海を見たい
「ランゲさんに会って」
アリアは穏やかに言葉を続けた。
「それで、巨人はみんないなくなりましたって伝えるんです。そう、約束したんです。そうして、」
「そうして?」
アリアの脳裏にそのときよぎったのは、もうずいぶん昔の記憶だった。
初めての壁外調査の前日に、オリヴィアと喫茶店に行ってパンケーキを食べた日。あの日のことをアリアはよく覚えていた。
「もし叶うのなら、好きな人といっしょにいたいです」
結局、オリヴィアに自分の好きな人を伝えることはできなくなってしまった。粗暴で、無愛想で、とっても強くて、でもきちんと優しさを持っている彼を好きになったのだと伝えたら、彼女はどんな反応をしてくれただろうか。
きっと喜んでくれたに違いない。
もう、それさえもわからないけれど。
「晴れた日には散歩を、曇りの日には明日の晴れを願って。雨の日には家の中で読書をしたり料理をしたり。雪の日には寒いね、なんて言って、暖炉の前であたたまって」
それは、ある人にとってはなんてことない日常の光景なのかもしれない。だがアリアは、アリアたち調査兵団はそんな暮らしとは正反対の場所にいる。
だからアリアはそれを望むのだ。
そんな普通の暮らしを。
「他愛もない会話をして、生きたいんです」
なんて。
アリアは薄く笑った。
この望みが叶うことはおそらくない。それよりも先にアリアは死んでしまうだろう。巨人と戦う兵士に未来はないのだから。
「とても素敵なことじゃないか、アリア」
だがナスヴェッターはキッパリと首を横に振った。
思わずナスヴェッターを見る。彼はどこまでも優しい眼差しでアリアを見つめていた。
「僕はね、アリア。君に幸せになってほしいと心から願っているんだ」