第9章 姉さんの隣で海を見たい
ナスヴェッターは微笑み、そして照れを隠すように頭を掻いた。
「君は優しい人だから」
自分のことなんて二の次で、人の心配をできるような君だから。
弟のために調査兵団に入る君だから。
強くなろうと必死に頑張る君だから。
「だから僕は、この世の誰よりも君の幸せを祈っているんだ」
アリアは目を見開いた。言いたいことが胸に溢れて、けれどそれは言葉にならなかった。口を開け、息を繰り返すことしかできなかった。
そして代わりに、涙が一粒こぼれ落ちた。
「ありがとうございます。ナスヴェッターさん」
ナスヴェッターは小さく笑って肩をすくめた。
「そろそろ訓練始めるよー!」
そのとき、ハンジの声が響いた。
捕獲道具の準備が整ったのだ。
アリアはナスヴェッターを見上げる。
「次の壁外調査も頑張りましょうね!」
「あぁ、頑張ろう」
冷えた手をグリュックの首に当てて暖をとる。
冬がもうそこまで迫ってきている。壁外調査の当日は、そんな朝だった。
「姉さん!」
声が聞こえて振り返ると、そこには見送りに来てくれたアルミンとエレン、ミカサがいた。アリアは笑って手を振り返す。
グリュックが勇むように鼻を鳴らし、前方で開門を知らせる声が轟いた。
「第28回、壁外調査を開始する!」
エルヴィンの咆哮が兵士の間を駆け抜ける。
アリアは深呼吸を一度して、前を見据えた。