第9章 姉さんの隣で海を見たい
「巨人を生きたまま捕獲するなんて、うまく想像できないや」
ストレッチをしていたナスヴェッターがふとこぼした。
アリアは立体機動装置の調子を確認しながら「わたしもです」と相槌を打つ。
「でもこれが成功すれば巨人の謎が明らかになるかもしれませんね」
「だといいね。僕らはあまりにも巨人に対して無知すぎる」
アリアはちらりとナスヴェッターを見た。
前髪が風になびき、彼の両目が見え隠れする。その瞳は不思議な光を宿していた。
「超大型巨人と鎧の巨人についても早く全て知りたいです」
「ああ」
アリアの脳裏に祖父の姿が浮かぶ。
口減らしによってその命を散らした祖父。瓦礫に踏み潰された我が家。避難所で寒さと不安に震えるアルミンたち。
もしあの襲撃がなければ今もみんなは平和に暮らしていたはずだったのに。
「どうしてあいつらはウォール・マリアを破壊したんだろう。どうして、僕たちの故郷を」
ナスヴェッターは俯き、両手を握りしめた。拳は微かに震えている。
アリアはそっとナスヴェッターの背中に手を添えた。
「……アリアはさ、」
何かを切り替えるように彼はわざと少し明るい声を出した。
「もし、巨人の全てがわかって、壁もなくなって、弟に海を見せたらそのあとはどうするの?」
アリアは突然の問いかけにすぐに答えられなかった。
以前も誰かに同じような質問をされたような気がする。その時、アリアは返事ができなかった。
遠くで鳥が鳴いていた。雲ひとつない秋晴れだった。冬の気配を乗せた冷たい風が頬を撫でる。
アリアは目を閉じて深呼吸をした。
「まず、ランゲさんに会いに行きます」
「懐かしい名前だなぁ。元気かな、ランゲさん」
「この冬に結婚するらしいですよ。お手紙に書いてありました。すごく優しい人なんですって」
「そっか。幸せになってくれてるなら僕も嬉しいよ」
二人は一瞬黙った。
お互いに、お互いの記憶の中にいる仲間たちを思い出していた。