第9章 姉さんの隣で海を見たい
「ねぇ、アルミン。わたしと手を繋いでくれない?」
それは喫茶店を出た時のことだった。
左手にケーキの入った箱を持っていたアルミンは隣に立つアリアを見上げる。姉は穏やかな微笑みでアルミンを見下ろしていた。
「手?」
咄嗟に聞き返した。それは照れ隠しだったのだと思う。
アリアと共に海を見るのだとリヴァイの前で言っておきながら、その人の目の前で姉と手を繋ぐなんて。
アルミンは口ごもり、ふいっと目を逸らした。
「だ、大丈夫だよ。一人で歩けるし」
「姉さんがあなたと手を繋ぎたいの。お願い、アルミン」
優しい声だった。この声とこの微笑みにアルミンは弱かった。思わずリヴァイを見上げる。彼は何か気になるものでもあったのか遠くの方に目線をやっていた。(これがリヴァイなりの気遣いであることに気づいたのは、避難所に帰ってからだった)
アルミンは少し悩んだあと、差し伸ばされた手を握った。
もしかしたら、こうして姉と手を繋げるのは最後かもしれない。とふと思ったのだ。次の壁外調査はもうすぐそこに迫っている。そして、アリアが今まで通り無傷で帰ってくる保証はどこにもない。
不意に寂しさが込み上げた。
ずっと、こうして手を繋いでいたかった。
「見て、アルミン。リヴァイさんも」
アリアが言う。俯きかけていたアルミンは顔を上げた。
「綺麗な夕日」
アリアは立ち止まり、アルミンもそれにつられて歩みを止めた。リヴァイも音もなく止まる。三人はしばらくその夕日を眺めていた。
山に日が沈んでいく。燃えるようなオレンジ色の火の粉を散らしながらゆっくりと。遠くに流れる川の水面に反射して、焼け輝いていた。
アルミンは無意識にアリアの手を強く握っていた。
「うん、きれいだ」
囁く。鼻の奥がツンと痛くなって、どうしようもなく泣きたくなった。
夕日を、アリアを、リヴァイを、そっと視線をめぐらせる。
「すごく、きれい」