第9章 姉さんの隣で海を見たい
ふっとまぶたを伏せてもぐもぐとさつまいもを咀嚼する。そのときケーキを食べ終わったアリアが立ち上がり、明るい声で「エレンとミカサへのケーキ選んでくるね」と言った。ショーケースへ向かう。その後ろ姿をアルミンとリヴァイは揃って見守っていた。
「アルミン」
店内に薄くかかっている弦楽四重奏の隙間を縫ってリヴァイが言った。ハッとアルミンは目線を上げる。
「お前は兵士になるのか?」
まるで内緒話をするような雰囲気があった。アルミンは一瞬姉の方を盗み見る。アリアの前ではまだ「調査兵団になる」と宣言していなかった。薄々勘づいているとは思うが、アリアはなにも言ってこない。真正面から反対されるのは避けたいが、かといってなんの反応もないのは寂しい。
アルミンは目の前にいる、ほとんど他人であるこの男に自分の気持ちを聞いてほしいと唐突に思った。こんな自分が本当に兵士になれるのか。調査兵団で巨人と戦えるのか。自分のことをなにも知らない人間に聞いてみたかった。
アルミンはフォークを皿の上に戻し、そっと身を乗り出した。人類最強のアッシュグレーの鋭い瞳を見つめる。
「調査兵団に入りたいんです」
まだ訓練兵にもなっていないくせになにを言ってるんだ、と笑われるかもしれない。だがこの男はそんなことはしないだろうという確信があった。リヴァイはアルミンの言葉に頷く。続きを話せ、と促す。
「ぼくの幼なじみたちも調査兵団を目指していて、みんなに取り残されたくないっていう思いもあります。でも、いちばんは……」
アルミンは目を閉じた。姉のことを考える。だれにでも優しく、正義の心を持つ、この世で最も尊敬する姉。彼女の背中を追っていけば恐ろしいことはなにも起こらないはずだった。幼いころからアルミンはその背中をなによりも頼っていた。
だが、平穏な日々が破られ、祖父が死に、調査兵団として戦う姉を間近で見てその考えが変わった。
「ぼくは、姉さんの隣で海を見たいんです」