第9章 姉さんの隣で海を見たい
深呼吸を一度、二度、三度。
心の中で数え、アリアは顔を引き締めた。
「リヴァイ兵長、アリアです」
コンコン、と軽くドアをノックすると中から何かが落ちる音がした。
音的に紙の束だ。リヴァイの舌打ちが一つして、低い声で「入れ」と言った。
「し、失礼します」
なぜだか緊張しながらドアを押すと、机の上から書類をぶちまけたらしい光景が広がっていた。
巨人捕獲に関する資料なのだろう。アリアは持っていた荷物をその場に置いた。拾うのを手伝うために駆け寄り、一枚手に取り見ると、ハンジの文字が連なっていた。
「悪りぃな」
ガシガシと頭をかきながらリヴァイは言った。
乱雑に集め、アリアからも書類を受け取り、彼はグッと背筋を伸ばす。うたた寝でもしていたのだろうか。右頬が何かで押さえていたように赤くなっていた。
「眠れていないのですか?」
クマはそれほど目立ってはいない。だがあのリヴァイがうたた寝をするなんて、とアリアは思った。
リヴァイは「あ?」と間の抜けた声を出したあと、スッと目を逸らした。
「眠れてはいる。ただ、何時間も文字ばっか見てたから眠くなっただけだ」
うたた寝がバレ、どこか罰が悪そうな様子にアリアはふっと微笑んだ。不機嫌そうな睨みが飛んでくるが、笑いはすぐには引っ込まなかった。
「すみません。リヴァイ兵長も人間だったんだなって」
「おいどういうことだ」
「なんでもありません!」
おどけて言い、アリアは荷物を持ち上げた。
「お使いの品を買ってきました」
リヴァイはそれを受け取り、中を見る。
きちんと全て買えていることを確認し、満足そうに頷いた。
「あぁ、助かった」
とりあえずの安堵で肩の力を抜く。それと同時に過ぎるのはどうしてもあのケーキ。書類ぶちまけでどこかへ飛んでいたが、今のアリアにとっての問題はそれだ。
「では、わたしはこれで。失礼します」
あのケーキは一人で食べに行こう。そうしよう。それがいい。
無理やり納得させて、アリアはそそくさと部屋から出ようとした。
「待て、アリア」
だがそれはリヴァイの呼び止めによって叶わなかった。