第9章 姉さんの隣で海を見たい
「あの、このケーキってここのお店でも食べられるんですか?」
ショーケースから顔を上げてアリアは聞く。
買って帰って自室で食べるのもいいが、たまにはこういったお店で食べるのもいいかもしれない。
「えぇ。持ち帰りも店内での飲食も、どちらも可能ですよ」
「わかりました! また来ます」
アリアは笑って頷き、身を翻した。ドアを押すと、ぶら下げられたベルが軽い音を立てる。
それを聞きながら、アリアは兵舎までの道のりを進んでいく。
(誰を誘おうかな)
心は一瞬にしてあのさつまいものケーキに奪われてしまった。
あれを誰かと、そう、たとえば──
(リヴァイさん、とか)
あまりにも自然に彼の名前と顔が浮かび、アリアは一人咳払いをした。
思わず周りを見渡して、誰もいないことを確認する。
勝手に熱くなってしまった顔を冷ますように、パタパタと手で仰いだ。
リヴァイのことが好きだと自覚するほど、アリアは自分がどう振る舞っていいのかわからなくなっていた。
思えば、あのパーティーがきっかけだ。
あの日、カーネーションが美しく咲き誇る庭園で、リヴァイの手を握り階段を降りた時から。垂れた髪を耳にかけてくれた時から。
温もりと、まるで壊れ物でも扱うような手つきが忘れられない。
(いや、やっぱり恥ずかしいなぁ……)
ぎゅう、と胸に抱えた買い物袋を抱きしめる。
リヴァイには自分の顔の良さを自覚し、思わせぶりな態度を改めてもらう必要がある。あんなことされれば誰だって勘違いをしてしまう。
あり得るはずがないのに。
「リヴァイさんが、わたしのことを好きだったら……なんて」
だらしのない顔で呟き、大慌てで唇を結んだ。
こんな馬鹿げた妄想をしている暇はない。
一ヶ月後、今年最後の壁外調査が行われるのだ。だから、ちゃんと気を引き締めないと。
アリアは煩悩を振り払うように首を横に振って、見えてきた兵舎へ急いだ。