第8章 これから恋敵
それだけならどれだけよかったか。もしそれだけなら、ペトラは親友と彼を祝福しただろう。仕方がないと切り替えることができただろう。
だがそうではなかった。
「後から知ったことなんですけど、親友は、」
あの時の絶望が蘇る。
「彼に私の悪口を、言っていたんです」
「ペトラの、悪口……?」
「はい」
何も知らない彼はそれを鵜呑みにした。もともと自分が二人の女の子に取り合われているなんて微塵も考えなかった男だ。
すべて事実無根の悪口ではあったが、当然、彼がペトラを選ぶはずがなかった。
「それがずっと怖くて、トラウマなんです。私は親友を心から信頼していました。だから、余計に」
夕日はとっくに沈んでいた。冷えてきた両手を握り、涙を誤魔化すように笑う。
「もちろんアリアさんがそんなことをするとは思ってません。でも、どうしても、私はそれが……」
アリアは言葉を探しているようだった。
「ごめんなさい。こんな話、するつもりなかったんですけど。けど、そういうことがあったから、何かが起こる前に身を引いた方が楽なんです」
「ペトラ……」
足音がして、アリアがペトラの前に立ち止まった。
すぐ目の前で立ち止まる。
「じゃあ、正々堂々戦おうよ」
アリアの右手が肩に乗る。じんわりとした温もりがそこから広がっていく。
「そもそもリヴァイ兵長ってそう言う悪口とか嫌いそうな人でしょう? だからお互い真っ向から挑んで、どっちかが選ばれたらちゃんと祝福して、どっちも選ばれなかったら、一緒にお酒とか飲もうよ」
それにさ。
アリアは何もかもを見通してしまいそうな目で、ペトラを見つめていた。
「兵長のこと、本当は諦めたくないんでしょ?」
喉の奥が震えた。
そうだ。口では「身を引く」なんて言っているのに、そう思うたびに心がギリギリと締めつけられるように痛んだ。こんな簡単に手放していい感情ではないのだ。
ついに、涙が溢れた。
「私、リヴァイ兵長のことが、好きです」
「うん」
「でも、アリアさんのことも、好きなんです」
「ふふ、ありがとう」
どちらも大切にしたいから、頷くしかなかった。
「これから恋敵ですね、私たち」
だから笑って、そう言った。