第8章 これから恋敵
「でも、アリアさん。無茶は、しないでくださいね」
新兵である自分が言うべき言葉ではないのかもしれない。命を救ってくれた人にかける言葉ではないのかもしれない。
でも、朝、エルマーの話を聞いて誰かが言わなくては思ったのだ。
「私たちを助けてくれた時のアリアさん、とってもかっこよかったです。すごく頼りになって、あんなに恐ろしかった巨人を一瞬で屠って。その後、私が……あー、粗相、をしたときも私が恥をかかないようにしてくれて」
彼女の髪を束ねる髪飾りは、厩舎に差し込む西日によって美しく輝く。
きっと、あれの持ち主は優しい人なんだろうと漠然と考えてしまう。どういう気持ちでアリアに髪飾りを贈ったのか、そんなのペトラにわかるはずもない。
だが、それでも、これだけはわかった。
「でも、でもあんな、下手したら死んでしまうような行動、ダメです。訓練兵のとき教官も言ってました。巨人1体を倒すには大勢の兵士が必要だって。もしあの時何かが少しでも違っていたら、アリアさんは死んでいたかもしれないんです。だから」
死に急ぐような行動。それを髪飾りの持ち主は望んでいない。
「……ありがとう、ペトラ」
ペトラは幼い頃母を亡くした。
この世の全てだった母が突然いなくなって、ペトラは深く絶望した。夜、眠ろうとすると母が向こうで呼んでいるような気がして、何度死にたいと願ったかわからない。だが、そんな時父が言ってくれたのだ。
母さんは、お前が死ぬことを望んでいないはずだ、と。
その言葉はペトラの心を軽くした。重い闇を払ってくれた。
「いえ、あの、すみません。急にこんな図々しいこと。私なんかに言われなくても、アリアさんはわかってるはずなのに」
「ううん。そんなことないよ」
アリアの顔を見るのが怖くて、知らず知らずのうちに俯いていた。
ペトラの前でアリアのブーツのつま先が止まる。
「本当にありがとう」
恐る恐る視線を上げる。
アリアは微笑んでいた。でも、その両目には薄い涙の膜があった。