第8章 これから恋敵
本当にすごくて、と目を輝かせるペトラとは対照的にエルマーは顔を曇らせていた。
「最近、そういう無茶をすることが増えたんだ」
パンをスープに浸し、彼はそれを丸呑みにする。生えた無精髭を撫でながら言い淀むように目を泳がせる。
「さすがに単騎で巨人に突っ込んだのはあれが初めてだが、訓練でも必要以上に自分を追い詰めるようになっちまった」
「何か、理由があるんですか?」
エルマーの眉間に皺が寄った。
周りを見渡して、アリアがいないかを確かめている。
次に口を開いたとき、彼の声はひどく小さかった。
「同じ特別作戦班だった奴が、死んじまったんだよ。病気でな」
ポツリとこぼされた言葉は食堂のざわめきを縫って、しかし確かにペトラに届いた。
エルマーは己の髪を結ぶような仕草をしてみせた。パチン、と何かで髪を挟む。
「あのべっこうのパレッタの持ち主、なんですか」
「おう。ま、アリアにとって先輩で、同性の兵士だったからな。なんやかんや慕ってたんだ」
ペトラの瞼の裏に、眩しく光るバレッタが浮かぶ。
アリアを守るかのように静かにそこにある髪飾りは、一瞬しか見ていなかったペトラにすら存在を主張していた。
「でもそいつが死んで、本人はそれを乗り越えたつもりでも悲しみってのはいつもどこかにあるもんだ」
「……よく、わかります」
親しい人の死を乗り越えたと思っていても、ふとしたときにその悲しさや寂しさは顔を出す。
例えば眠る前。例えば食事をしているとき。例えば風呂に入りながら。
それは瞬く間に心を埋め尽くし、息も満足にできなくなってしまう。
深く頷くペトラに、エルマーも唇を噛み締めた。
「こんなことを、出会ったばっかの奴に頼むなんざ非常識だってわかってる。新兵のお前が上官の言うことを断れない立場にいることもわかってる。でも、頼みがあるんだ」
エルマーは真っ直ぐにペトラを見据えた。
「あいつの、アリアの友だちになってくれないか?」