第8章 これから恋敵
「ペトラ、だったか?」
不意に真後ろからかけられた声に、ペトラは息を飲んで振り返る。訓練場の中にいる2人にバレないために、咄嗟に叫びを飲み込んだ自分を褒めたい。
「エ、エルマーさん」
彼も今から訓練をするのか、首からタオルをぶら下げている。
ペトラが声を潜めて名前を呼ぶとニッと明るく笑った。
「入らねぇのか?」
言いながらエルマーは訓練場のドアに手を置いた。思わずペトラはその腕を掴んで止めた。
驚いたようにエルマーがペトラを見下ろす。
「え、えっと、リヴァイ兵長とアリアさんが訓練されてるので、私は……」
「あぁ」
ちいさく呟いて、エルマーはドアノブから手を離した。
「じゃあ、ペトラ。朝飯食わねぇか? いっしょに」
「へっ?」
✲ ✲ ✲
どうしてこんなことになったんだろう。
カラカラに乾いた喉に水を流し込む。パンとスープを詰め込んで、前に座る男をちらりと盗み見た。
エルマーは調査兵団の中でもかなりの古参だ。
そんな彼にまだまだ新兵のペトラが朝食に誘われるなど、滅多にないことだった。
「ペトラ」
「は、はいっ!」
突然話しかけられ、声がひっくり返る。
顔を赤くするペトラにエルマーは微笑み、スープをぐるりとかき混ぜた。
「アリアと話したことあんのか?」
「え、はい。初陣で同期と死にかけたところを助けてもらいました。命の恩人です」
あのときのことを思い出すと巨人への恐怖に体が震える。だが颯爽と現れたアリアの姿が脳裏にひらめいて、震えがいつの間にか収まっているのだ。
声を明るくさせるペトラに、エルマーは頷く。
「……そんとき、あいつ一人だっただろ? 俺も後から駆けつけて知ったんだけどよ」
「はい。たった一人で巨人を倒したんです!」
巨人を1体倒すのに今までどれだけの兵士が死んでいっただろうか。リヴァイの存在で忘れがちだが、巨人を殺すという行為はそれほど危険なものだった。