第8章 これから恋敵
不意にアリアの手が突起をかすめた。汗で滑ったのだろう。
あっ、とペトラは思わず息を飲んだ。
アリアはかなり高い場所で片手だけでぶら下がっている状態だった。
「アリア、元の体勢に戻れるか?」
なんとか離してしまった片手を戻そうとしていたアリアだったが、しばらくして諦めたようにリヴァイを見下ろした。
「無理です。腕の筋肉が……かなり大変なことになってます」
本人はなんてことないように言っているが、あれをやったことのあるペトラはその辛さを知っている。
5往復しただけで両腕が上がらないほど痛くなったのだ。“かなり大変なこと”だけでは済まされないほどだった。
「降りるのも厳しいか?」
「うぅ……飛び降りるのはできます」
アリアの声が痛さを堪えるように歪む。
ペトラもつられて顔をしかめた。
あの高さから飛び降りるのはかなり勇気がいる。そばで見守っているだけのペトラだが、ハラハラと固唾を飲んでアリアを見守った。
「なら飛べ。俺が受け止める」
ちょうどアリアの真下に来たリヴァイが両手を広げる。アリアの顔は見えなかったが「うぇっ!?」という裏返った声で、動揺しているのがわかった。
「いや、それはさすがに……今おもりつけてますし!」
「別にお前とおもりくらいなら受け止められる」
「う、うぅん……」
「安心しろ。なにがあっても受け止める」
リヴァイの声は柔らかい。
初めて会ったときの印象や、噂に聞くリヴァイの姿とはかけ離れた優しい声。ペトラは無意識に一歩後ずさっていた。
「じゃ、じゃあ行きますよ?」
「あぁ」
ぐっと覚悟を決めたらしいアリアは、足を小さく畳むと壁を蹴って手を離した。
大きく開いたリヴァイの両手に綺麗にどんっと収まった。
しばらく沈黙が続く。ちらりとアリアはリヴァイの顔を見て、へへっと笑った。
「ナイスキャッチです、リヴァイさん。助かりました。大丈夫でしたか?」
「あぁ。問題ない」