第8章 これから恋敵
壁外調査から帰ってきたペトラを、父は力強く抱きしめた。普段は気恥ずかしく、絶対にしないけれど。
「……ただいま、お父さん」
ペトラは父を抱きしめ返した。
初めての壁外調査。
大した怪我もなく、帰ることができた。
だが良くしてもらっていた先輩は死に、同期の何人かは戦線に復帰できないほどの怪我を負った。それらの事実は確かに、ペトラの心を削るには十分すぎるものだった。
しかし、その悲しみは時間が経てば乗り越えることができた。悲しみの先に、目指すべき目標があったからだ。
壁外調査から一週間が経ったころ。
その日は前日から雨が振り続けていた。朝になっても止むことを知らず、遠くでゴロゴロと雷が轟いている。
やる気が起きない、と訓練をサボるオルオを捨て置き、ペトラは室内の訓練場に来ていた。早朝で、一人きりで訓練ができると思っていたが、すでにそこには先客がいた。
「腕の力だけで登ろうとするな!」
張り上げているわけでもないのに、よく通る声。聞くだけで背筋が伸びるその声の主を、ペトラは知っていた。
わずかに開いていた訓練場のドアから中を覗く。やはりそこにはペトラの予想通り、(兵服ではなくシャツとジーンズというラフな格好は予想外だったが)リヴァイがいた。
その訓練場の壁にはいくつもの突起があり、兵士たちはそれを腕だけを使って登っていく。持久力と筋力をつけるためだ。
ペトラも何度かやったが、とてつもなくしんどかった。もう二度とやりたくないと思うくらいには。
視線を巡らせると、リヴァイが声をかけていた人物はアリアだった。
着ているシャツには汗が滲み、まとめられた金髪はいくつか垂れて首筋に張りついている。腰に立体機動装置と同じ重さのおもりをぶら下げた彼女は、驚くべき速さで壁の登り下りを繰り返していた。