第8章 これから恋敵
雨よりはマシ。
アリアのその言葉の意味をペトラはよく噛み締めていた。
鮮やかな青空の下に、もくもくと入道雲が現れた。と思った瞬間、豪雨が降り始めたのだ。
団長辺りがいる場所は青空で、幸いなことに通り雨だ。
走っていればすぐに止む。わかっていても、ペトラは顔をしかめずはいられなかった。
どれだけ深くかぶっても、馬で走ればフードは脱げる。
夏と言えど雨は体温を奪っていく。
加えて、けぶる視界。いつ、どこから巨人が出てくるかわからない恐怖。
ひく、と喉の奥がひきつるのがわかった。
「ペトラ、大丈夫か?」
はぐれないように、とすぐ近くを走っていた同じ班のエルドに声をかけられる。口の中に飛び込んだ雨粒を飲み込んで、ペトラは頷いた。
「大丈夫、です。問題ありません」
強がりだった。本当は今すぐ家に帰りたい。あたたかい布団にくるまって、気が済むまで眠りたい。今だけは、父のお節介が懐かしい。
だが、ここで挫けるわけにはいかなかった。
ペトラは憧れていた。一度だけ、言葉を交わした彼。訓練兵の視察に団長と共に来た、仏頂面の彼。
あの人に憧れた。だから調査兵団に入った。そして、いつか彼の班に入り、彼のために身を尽くしたいと思った。
「進めますっ!」
だから、こんなところで弱音を吐いている暇などなかった。
ペトラの返事になにを思ったのかはわからない。
エルドはニッと笑って、ペトラの背を叩いた。バシャッと雨を吸ったマントが音を立てる。
「その意気だ。だが気を張りすぎるなよ」
ペトラはちらりとエルドを見る。彼は前を見たまま、懐かしそうに口元を歪めていた。
「新兵は行って帰って初めて一人前だ。無理に巨人と戦う必要はない。帰ることだけ考えてろ。俺たちにはミケ分隊長がいる」
言って、へらりと悪戯がバレた子どものように表情が崩れた。
「ま、これは尊敬する先輩からの受け売りなんだけどな」
いったいだれなのか、聞こうとした。だがペトラの声は前方にいるミケに遮られた。
「前方、7m級視認! エルド、俺に続け!」
「了解っ!」
ミケの指示に、エルドはすぐさま戦闘態勢に入った。
美しく宙を舞うその姿は、アリアによく似ている。