第6章 お前が雨に怯えるのなら
改めてエルドの顔を見る。
予想通り、彼は新兵だったらしい。目線を手元に落とし、なんだかくすぐったい気分になる。
(わたしもついに先輩かぁ)
おおよそ、こんなときに思うようなことでもないが。
つい感慨深くなってしまった。
「負傷したきみに言うべきではないかもしれないけど、怪我がこの程度で済んでよかった」
「はい。俺もそう思います。巨人に捕まった時は死を覚悟しましたから……」
「巨人とは戦ったの?」
「……はい。正直言うと、俺は少し慢心していました。それなりに立体機動もできて、訓練兵でも上位10名に入ることができたんです。だから俺ならいけるって、思ってしまって」
恥じるようにそう語るエルドを、アリアはどこかで見たことがあった。やがて、思い出す。一年前の自分自身である、と。
巨人を侮っていた訳ではなかった。表ではそう言っていたが、内心ではどうだっただろうか。
わたしなら戦える
少なくとも、そう思っていたのでは?
だが、その慢心はあっという間に粉々にされた。アリアが本当に強かったのなら、あの時親友を助けられたはずだから。
「あの、どうかされましたか?」
エルドの不安げな声に顔を上げる。
途中で手が止まっていたらしい。
「あ、ううん。ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」
包帯を結び、よし、と呟く。
「エルド」
彼が横になるのを手伝い、アリアは言った。
「新兵は生きて帰って初めて一人前なの」
これは調査兵団の通説だ。だが、その通りだとアリアは思う。
生きて帰って来る。たったそれだけのことをできない兵士があまりにも多いからだ。それだけ、難しいことだ。
「だから今は巨人を討伐するとか考えず、先輩についてくだけで十分なんだよ」
無理だと思ったら逃げればいい。それを責めることなど調査兵なら誰もできまい。
アリアが微笑むと、エルドもまた笑った。
幼い笑顔だった。
「肝に銘じます」