第6章 お前が雨に怯えるのなら
「アリア、そろそろ」
背の高い女兵士が言う。
「はい。カミラさん」
アリアは名残惜しそうにアルミンの頭を撫で、身を離した。
姉を掴んでいた手が宙に浮く。
途端に心細さが小さな体を襲った。迷子になってしまった時と同じ寂しさが両目から溢れた。
足は地面についているはずなのに、空中に放り出されてしまったかのような感覚だった。
「……アルミン」
アリアは心苦しそうに顔を歪め、しかしマントを翻して馬に飛び乗った。
「行ってきます」
力強くアリアは言い、持ち場へと戻ってしまった。瞬く間に姿が見えなくなる。体格のいい兵士に囲まれているのか、お揃いの金髪すら見えない。
アルミンは唇を噛み締め、俯いた。
不安だった。祖父を失った直後に、姉もまたいなくなるかもしれないと思うと、不安で仕方なかった。
行かないで、と泣き喚けたらどれだけいいだろうか。だがアルミンはそんなことできなかった。
姉の覚悟を知っているからだ。
姉が、自分のために調査兵団に入ったのだと知っているから。
だから、わがままなど言えるわけがなかった。
「おい。アルミン、といったか」
唐突に声が降ってきた。見上げると、あの三白眼の男だった。
落ち着かなさげにいななく馬を宥めながらアルミンを見下ろしている、アッシュグレーの瞳は一切の感情を見せない。だが、その瞳の奥にほんの微かに優しげに揺れる光があるのを見つけた。
「は、はい」
返事をすると、男は左手を伸ばしてアルミンの頭をひと撫でした。
冷たい手だったが、不思議と嫌な気分ではなかった。
「お前の姉さんは死なねぇ。あいつは強くなった。俺が保証してやる。だから」
手が離れ、男は前を見据える。
「信じて待ってろ」
「開門、10秒前ッ!!」
アルミンは両手を握りしめ、深く頷いた。
「待ってます!」
そう言って、野次馬の市民の中へと戻る。
もう一度振り返った瞬間、彼らは走り出した。
土埃と、雄叫びと、蹄の音がアルミンをその場から動けなくさせた。