第6章 お前が雨に怯えるのなら
いつもならすぐに見つけられるのに。
なぜか今日は視界が狭くなってしまったかのように見えない。見つからない。刻一刻と出発の時間が近づいて来ている。抱えた麦わら帽子をぎゅっと握りしめる。
「あ、あのっ」
咄嗟に、アルミンは近くにいた兵士に声をかけていた。
黒い馬に乗った兵士は少し目線を動かし、すぐ真下にいるアルミンを見つけた。鋭い三白眼が心なしか開いた。
「姉さん──アリア・アルレルトがどこにいるかご存じですか?」
眼光の圧に思わず怯む。だがここで諦めるわけにはいかなかった。
勇気を振り絞って姉の名前を口にすると、兵士は自分の斜め後ろを振り返った。
「アリア」
「どうかされましたか?」
「おそらくお前の弟だ」
大好きな姉の声が奥から聞こえる。アルミンは安堵の息を吐き出した。
「アルミン?」
背の高い女兵士が動き、その後ろからアリアが現れる。
三白眼の兵士と同じ黒い馬に乗る姉の姿が、誰か別の人のように一瞬見えてしまった。だが、こちらを見下ろす瞳はいつもの姉だ。
「姉さんっ!」
声を上げ、駆け寄る。アリアは馬から降り、アルミンと目線を合わせるように屈んだ。
「どうしたの? 今日は農耕作業があるから見送りには来れないって手紙で言ってたじゃない」
「エレンとミカサがぼくの分もやってくれるって言ってくれたんだ。アルミンはアリアの見送りに行ってこいって」
幼馴染の優しさを思い出し、じんわりと心が温もる。
アリアも同じなのか、目元を緩めた。手が伸ばされ、姉の腕の中に体がすっぽりとおさまる。
「ありがとう、アルミン。見送りに来てくれて、おじいちゃんを連れて来てくれて」
おじいちゃん。
その言葉にアルミンは喉元が震えた。アリアの背中に手を回し、肩に顔を埋める。麦わら帽子は左手に掴んだままだ。
「姉さん」
「開門60秒前ッ!」
前方から腹の底を震わすような大きな声が響き、反射的に身をすくめる。アリアの思わず、と言ったような笑い声が背中を揺らした。