第6章 お前が雨に怯えるのなら
エルヴィンは胸ぐらを持ち上げるアリアの腕を掴んだ。
一瞬、アリアはハッとしたように目を見開いた。
「アリア、よく聞くんだ」
アリアは肩で息を繰り返しながら、口を閉じた。
宥めるために声を落とし、低める。自然とアリアの息も静まっていった。
「君は賢い人間だ。これからしようとすることの重大さも、きちんと理解しているはずだ。そうだね?」
「……は、い」
「ならば言おう。君はおじいさんを止めてはならない。それは愚かな行為だ。もし止めれば、君は君自身の手でおじいさんを殺してしまうことになる。それがどれだけ辛いことか、君には想像できるか?」
アリアの腕から力が抜けた。ずるりと下がり、地面にぶつかる。
ぽかんと口を開けた彼女は顔を歪め、言葉にならない呻きを吐き出した。
「君のおじいさんは、王政によって殺される。だが君がそれを止めれば、彼は王政と、愚かな孫娘によって殺されることになるだろう」
それは過去の自分への言葉でもあった。
あの日、父を殺した愚かな息子への。
「思慮深くなれ。言葉の裏を理解しろ。己の感情だけで動くな。……いいな?」
アリアはきつく目を瞑った。そうして項垂れた。
「わかり、ました。でも、せめて祖父に会わせてください」
「……あぁ。許可しよう」
重く、長い息を吐き出して、アリアはふらふらと立ち上がった。
どんよりと濁った目がエルヴィンを見据える。
「感情的になっていたとはいえ、行きすぎたことをしてしまいました。申し訳ありません」
エルヴィンは目を逸らし、弟からの手紙をアリアに返した。
「ここでのことは見なかったことにしよう」
エルヴィンの言葉に、アリアは這いつくばったまま奥歯を噛み締めた。
「感謝、します」
怒りを、悔しさを、悲しみを閉じ込めた心臓は、今にも破裂しそうなほど痛かった。