第6章 お前が雨に怯えるのなら
「アリア」
名を呼ばれ、談話室の椅子に沈みこんでいたアリアは目を開けた。唇の端から垂れる涎を慌てて拭い、目を上げる。
「リヴァイさん」
暖炉の炎だけが光だった。もうすっかり夜も更けていたらしい。
リヴァイはアリアの座っていた椅子の肘掛に手を置き、こちらを覗き込んでいた。
思っていたよりも近い距離に思わずのけぞり、ごつんっと後頭部を背もたれにぶつける。
「うぅ……」
「驚かせて悪ぃな」
痛みに呻いていると、リヴァイはすっと身を引いた。
「い、いえ、それで、どうかされたんですか?」
あれだけの近さ、寝顔はおろか垂れていた涎も見られていたに違いない。今にも恥ずかしさで叫び出しそうになるのをぐっとこらえ、なんでもないように聞く。
リヴァイは呆れたように息を吐いた。
「もう夜中だ。寝るなら部屋で寝ろ」
「え、もしかしてそれだけを言いに来てくれたんですか?」
アリアが言うと、彼はかすかに肩を跳ねさせ、目線をずらした。アリアから顔を背ける。
「便所のついでだ。夕方からお前がここにいることは知っていた。だから」
一瞬言葉が途切れ、リヴァイはアリアを見た。
なにかを決めたような、諦めたような、よくわからない顔をしていた。
「…………お前がまだここにいるなら起こそうと思って来た」
アリアは夕食を終え、風呂に入ってからは自室に戻らずずっと談話室にいた。疲れすぎて自室へ向かう体力がなかったからだ。
そしてリヴァイの読みは当たり、アリアは起こされなければ椅子で寝てしまっていただろう。
「ありがとうございます」
リヴァイが心配して様子を見に来てくれた。
それだけで容易く心は喜び、頬はゆるみ、頬は熱くなる。
締りのない顔で笑うと、リヴァイはものすごく深い皺を眉間に寄せた。
「礼を言ってる暇があるならさっさと立て」
「は、はいッ!」
なにか気にさわるようなことを言ってしまったのだろうか。
アリアは咄嗟に表情筋を引き締めて椅子から立ち上がった。あれだけ重たかった体はすぐに動かせた。
「部屋まで送る」
そして、彼の口から出た言葉にアリアの表情筋は瞬く間に柔らかくなった。