第6章 お前が雨に怯えるのなら
「わたしが調査兵団に入ったのは、強くなって巨人をすべて駆逐して、弟に海を見せるためです」
「……うみ?」
初めて聞く単語にエルマーは聞き返す。アリアは眉を下げ、目を閉じた。
「いわゆる、壁の外です。わたしは弟に壁の外を見せるために調査兵団に入りました。わたしが最後に辿り着くのは、壁の外で、海を見る弟の隣です。そしてそのために、わたしは特別作戦班に入ることが必要だと感じたんです」
「……つまりおまえは、リヴァイやナスヴェッターの期待に応えたいから、弟を壁の外に連れて行きたいから、だから、死ぬかもしれない班に入ったと? 自分の命を他人のために使って、調査兵団に入ったと?」
声が震えた。無意識のうちに足が一歩下がる。
唐突に目の前の女が恐ろしく思えてしまった。
素直で、どこにでもいそうなただの女が、本当は己の命すらいとわない狂った女だった。
アリアはエルマーの言葉を噛み締めるように顔をしかめた。
「そうですね。弟のためならわたしはなんでもできるんです。それがわたしの選ぶ正しい未来です」
アリアは言い放った。それしか道はないのだと。
エルマーはしばらく呆然としていた。すぐには言葉が出てこなかった。
口を開け、閉じ、また開ける。
「そこに、」
恐ろしい女だと思った。
それと同時に哀れな女だとも思った。
「そこにおまえの意思はないのか?」
「わたしに意志はあります」
そうじゃない。と言う気力もなかった。
エルマーはため息をつき、がしがしと頭をかく。
「いいか、アリア。ハッキリ言うがおまえは変わった奴だ。調査兵団は変人の巣窟だとか言われているが、その中でもおまえは飛び抜けて変人だ」
「……よく言われます」
微笑が崩れ、アリアは唇を尖らせた。ようやく見えた年相応の仕草だ。
「変人だが、悪い奴ではない。弱い奴でもない」
エルマーがなにを言いたいのかわからない、とでも言いたげに彼女は片眉を持ち上げる。腕を組み、エルマーはハキハキと言葉を続けた。
「俺は強さがこの世でいちばん重要だと考えている」