第6章 お前が雨に怯えるのなら
カミラを抱えたままアリアは滑空を続け、やがて微かな衝撃と共に着地した。
静かに地面に下ろされる。すっかり腰の抜けてしまったカミラは、音もなくその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか? 何があったんですか?」
乱れた前髪を邪魔くさそうにかき上げ、アリアはカミラの顔を覗き込む。いつも明るい光をたたえている青い瞳が、今は不安げに歪んでいた。一瞬だけその美しさに目を奪われる。
「風が、吹いて……コントロールを持ってかれただけさ」
言って、へにゃりと笑った。なんて初歩的なミスをしたのかと、呆れてしまった。訓練兵時代に同じことをしていれば「弛んでいる!」と教官室に呼び出し間違いなしだ。
しかし、アリアは呆れるような顔をしなかった。むしろ、安堵したように頬を緩めたのだ。
「よかった……。わたしも以前、同じように落下しそうになったんです。その時は他の兵士がわたしの立体機動装置に細工をしたせいだったんですけど、カミラさんはそうじゃないんですよね? 安心しました。あ、でも危ないところでしたよ!」
気の抜けた顔を見せたと思ったら、次は悪い子を叱るように唇を結んでいる。コロコロと変わる表情が面白くて、カミラは眉を下げた。
「助けてくれてありがとう」
礼がまだだった。告げると、彼女はちょっとはにかんだ。
「わたしもよく早朝に訓練するんですよ」
立てますか? と手を差し伸べられる。その手を握り、カミラは立ち上がった。
握った手のひらは、兵士の手だった。無数の傷や凹凸があり、決して柔らかくない手。だが兵士としての誇りが詰まった手。
「カミラさん」
名前を呼ばれ、カミラは土を払っていた手を止めた。
「この後も訓練されますか?」
「ん。まぁ、そうだね」
「あの、カミラさんが飛んでいる姿、もっと見てみたいです」
真っ直ぐに告げられた言葉だった。キラキラと太陽の光を反射する川面のように輝いた瞳にカミラの顔が映り込む。
「あぁ。もちろん」
ぱちぱちと何かが胸の奥で弾ける音がした。手を当て、苦笑する。
カミラは可愛いものが好きだ。可愛いものを見ると胸がときめく。
だが、このときめきはそれとは違う。
(恋かぁ……)
それはあまりにも澄み切った感情。