第6章 お前が雨に怯えるのなら
結論から言おう。
モーゼスを食った巨人はその他大勢の兵士に被害を与えながらも討伐された。
補給拠点用のテントを立てながら、アリアは唯一残ったモーゼスの腕を拾い上げた。ずっしりと重く、まだ仄かに温もりを残している。
ついている泥や草を払い、持っていたハンカチでそれを包んだ。荷馬車に乗せなくては。
そのとき、少し離れた場所で緑の信煙弾が撃たれた。テントの設置が終わったのだろう。撤退の合図だった。
雨で体温を奪われ、疲弊した体を引きずりながらグリュックによじ登る。駆け寄ってきたナスヴェッターの顔にも疲労の色が濃くあった。
「無理はしないようにね」
「ナスヴェッターさんも」
多数の死傷者を出しながら、巨人についての謎は一切解明できぬまま第25回壁外調査は終わりを迎えた。
帰りにも数名負傷者が増えた。
ある者は足を折り、ある者は肩ごと腕を食いちぎられた。ある者は遺体さえ残らなかった。
トロスト区へと戻った調査兵団を迎えたのは労いの言葉でも、温かな歓迎などでもなかった。
「半分は減ったな」
「俺たちの税金を巨人に食わせてるようなもんじゃないか」
「どうせなにも持って帰ってこないんだ。さっさと解体させちまえばいいのによ」
「税金泥棒が」
涙は出なかった。悲しみよりも悔しさが優った。
ほとんどの兵士が俯き、だれもなにも言わない。苦しい沈黙を破ったのはある女の金切り声だった。
「モーゼス! モーゼスはどこ!?」
暗い表情で歩くキースの前に髪を振り乱した女性が飛び出した。
その目は血走っていて、今にも折れてしまいそうなほど震えていた。
「モーゼスの母親だ。“持って”来い」
全員の足が止まる。キースの近くにいた兵士に促され、アリアは荷馬車からハンカチに包んだそれを手渡した。
そのとき視線を感じた。顔を上げ、視線を巡らす。道の端っこ。木箱かなにかに乗っているのだろうか。
目を輝かせるエレンと目が合った。
咄嗟に目を逸らす。エレンは調査兵団に憧れている。英雄だと思い込んでいる。
「なんの成果も得られませんでした!!」
キースが叫ぶ。モーゼスの母親が泣き叫ぶ。市民の囁き声がちくちくと刺さる。
調査兵団は英雄などではない。
そんな立派なものなわけがない。