第6章 お前が雨に怯えるのなら
運がよかったのか、雨が降り出したのはアリアたちがテントを張ってからだった。
もう日も暮れていて、巨人が動く心配もない。アリアは立体機動装置を外し、負傷者の手当を行っていた。
「痛い、痛い……」
「大丈夫ですよ、すぐ痛くなくなりますから」
巨人の攻撃を避ける際に落馬し、顔の半分を抉ってしまった兵士。
巨人に捕まれ、右腕を骨折した兵士。
片足をなくした兵士。
病人を運び入れるテントは呻き声で満ちていた。
「大丈夫、大丈夫」
安心させるように何度も声をかける。涙を流す兵士にはそれを拭ってやり、母を求めて手を伸ばす兵士の手を握り、仲間を目の前で食い殺されたことのショックで嘔吐を繰り返す兵士の背中をさする。
いくらエルヴィンの考案した作戦で死傷者が減ったと言っても、0になったわけではない。
「アリア、交代の時間だ。後は僕がやるよ」
「よろしくお願いします」
ひょいっとテントに顔を出したナスヴェッターに頭を下げ、アリアはテントから出た。小雨が頭を打つ。
血のついた手袋を脱ぎ、中心で焚いている火に投げ込む。死んでしまった何人かの兵士の遺体もその中にはあった。
髪の毛の焦げる強烈なにおいが鼻を刺激する。
三つ編みにしていた髪はいつの間にか解け、アリアの視界を暗くした。
「お疲れ様」
優しい声といいにおいがして、アリアは炎を見つめていた目線を動かした。
「ハンジさん」
掠れた声で彼女の名を呼ぶ。
ハンジは湯気の立つスープとパンを持ってきてくれていた。
「ありがとうございます」
「慣れなくて疲れるだろうけど、休めるときに休むんだよ」
「はい」
スープとパンを受け取ると、遠くのほうでモブリットがハンジを呼ぶ声が響いた。ハンジは励ますようにアリアの肩に手を置いた。
再び1人となったアリアは火の前に座り、スープに口をつける。
疲労と鼻にこびりついた血のにおいのせいで味が感じられない。
それでもアリアは無理やりそれらを腹に押し込んだ。