第5章 男が悪魔になることを望む女
「ほかの人から見たら、やっぱりわたしはおかしいのでしょうか。弟のために自分の命を使うなんて。……迷うことはしないと決めたはずなのに、祖父から面と向かって言われて、一度決めたことを曲げようかと悩んでしまうなんて」
あぁ、自分はなにを言っているのだろうか。
こんなことを急に言われても困るだけなのに。
ふとアリアの脳裏にエルヴィンの姿が浮かんだ。執務室で、エルヴィンから胸の内を吐露されたときだ。
あのときの彼も同じような気持ちだったのだろうか。
「弟以外のためにお前がここにいるとしたらその理由はなんだ」
窓からアリアへリヴァイの視線が注がれる。しかし下を向くアリアはそれに気づかない。
顔をしかめて、リヴァイの問いの答えを探した。
「わたしがここにいる理由……? アルミン以外の、ために」
初めて聞かれたことだった。
すぐに答えが出てこない。
アリアは巨人を憎んでいない。オリヴィアを食われたことは悲しかったが、それが巨人への憎しみに向くことはなかった。
ハンジのように巨人について知りたいわけでもない。リヴァイのように巨人を倒した向こうにあるなにかが見たいわけでもない。
「わたしは……」
思いつかない。アルミンとの夢を叶える以外の理由で自分の命を使うなど、考えつかなかった。
そうなることを予想していたのか、リヴァイは小さく頷く。自然とアリアはリヴァイを見上げていた。
「わかりません」
アッシュグレーの瞳が瞼に覆われまた姿を見せる。
それに映るアリアの顔は難しそうに眉を寄せていた。
「俺の育ての親がよく言っていた。人はなにかに酔っ払っていないと生きていけない、と」
リヴァイの手がアリアの肩に乗る。
「女、金、暴力、夢、権力。お前はそれが弟だというだけだ」
アリアは静かに目を見開いた。
リヴァイの言葉を理解しようと頭が唸る。
「弟の夢を叶える。それがお前が生きるための芯になるならそれでいい。周りの人間の言うことにいちいち耳を貸す必要はない」
まぁ、とリヴァイは言葉を続ける。
「じいさんの言うことは最もだ。体を壊せば意味はない」