第5章 男が悪魔になることを望む女
アリアは思わず息を止めて祖父を見つめた。
「一般市民が壁の外へ行くことは許されない。知られればひどい仕打ちを受けることになる。二人に何度言っても、あれは耳を貸さなかった」
心臓が荒ぶる。こめかみでドクドクと血液が流れるのを感じた。
祖父がこうして両親のことをアリアに話すのは初めてだった。
あの二人の死は、触れてはいけないようなことだったからだ。そしてなにより、アルミンに聞かせるにはあまりにも酷な話だった。
「二人は事故で死んだと、たった一人で家に帰ってきたお前が言った瞬間、わしは違和感を覚えた」
アルミンはもちろん、祖父にも両親が死んだ本当の原因は話さなかった。
記憶が朧げだったから、というのもあったけど、あの場で起きたことを口にしようとすると、背中の傷が痛んだからだ。
「裸足で、ボロボロの服を着て、血まみれで、すえたにおいをさせたお前は明らかに様子がおかしかった。……それからだ。お前がアルミンのために身を尽くし始めたのは」
「……わたしはアルミンのお姉ちゃんだから」
「アリア」
「わたしの親友も、お兄さんの願いを叶えるために調査兵団に入ったの。だからわたしがアルミンのために調査兵団に入るのも、なにもおかしくないよ」
祖父の言葉をかき消すように声を張り上げる。
踏み込んでほしくないところに祖父が踏み込もうとしているのがわかった。
「アリア、わしはお前がアルミンのために命を張ることを悪いことだと言っているわけじゃない。ただわしは、お前に幸せになってほしいだけなんだ」
涙が込み上げて視界が滲んだ。
祖父から目を逸らし、息を吸う。喉の奥が震えた。
「兵士をやめろとは言わない。それがお前の幸せならそれでいい。だが、アリア」
祖父の手が伸びて、膝の上で握りしめているアリアの手に重なった。
節くれ立っていて、乾燥していて、でもあたたかい手だった。
「お前は家族や親しい人の思いを共に背負い込んでしまう癖がある。それはいつかお前を壊すぞ」