第5章 男が悪魔になることを望む女
「すまないな、アリア」
実家につき、堰が切れたように泣き出したアルミンを寝かしつけたあと、簡単な夕食のシチューを作って祖父の寝室に持って行くと、彼はベッドの上で上半身を起こしていた。
「ううん。気にしないで。当然のことだよ」
祖父にシチューの乗ったトレイを渡し、アリアは近くの椅子を引き寄せて座った。
「体調はもう大丈夫?」
「ああ。イェーガーさんのおかげでもうなんともないよ。心配をかけたな」
シチューをすくってスプーンを口に運ぶ。
その手は記憶にあるよりも痩せていて、微かに震えていた。
ふと、アリアの脳裏にある映像がひらめいた。
祖父が棺桶に収まっている姿だった。骨と皮だけになってしまった祖父が棺桶に詰められ、燃やされる映像だ。
人が燃えるにおいが鼻の奥に広がり、アルミンが泣き崩れる声が耳に響いた。
人が死ぬ様を見てきたからこそ、それは嫌になるほどリアルだった。
「アリア」
声をかけられる。
我に返ったアリアは慌てて口角を上げた。辛気臭い顔を見られたくなかった。
「なにか悩みがあるなら聞くぞ?」
「う、ううん。大丈夫、悩み、というか……ちょっと嫌な想像しちゃって」
さすがに「おじいちゃんが死ぬところを想像した」とは言えない。
急いで誤魔化すが、そんな誤魔化しもすべてお見通しだ、と言うように祖父は微笑んだ。
「お前には、ずっと辛い思いをさせてしまっているな」
ぽつりと落とされた言葉にアリアは「え?」と気の抜けた声を出した。
「両親を早くに亡くし、まだ幼い弟と老いぼれのためにたくさんの我慢をさせているだろう」
アリアはゆっくりと首を横に振った。
「アルミンもおじいちゃんもわたしの家族だもん。辛いなんて思ったことないよ。それに我慢なんて……わたしがしたくてしてることだから。気にしないで」
微笑みを少しだけ引っ込めた祖父は、手元のシチューをぐるりとかき混ぜた。
「お前の両親が、気球を使って壁の外へ行こうとしているのは知っていた」