第5章 男が悪魔になることを望む女
今日も雪が降っている。
寒さに震えながら、アリアはグリュックの世話をしていた。
体をブラシで整え、馬蹄(ばてい)の調節をする。
グリュックも寒いのか、真っ白な息を吐き、アリアに顔を寄せた。
「今度の壁外調査もよろしくね」
昨日エルヴィンから次の壁外調査の日付を聞かされた。
春。新兵が入団してから1ヶ月後を予定しているようだ。
今から緊張しても早すぎるが、どうしても不安や緊張は拭えない。
軍手のはめた手を擦り合わせる。
早く室内に戻って暖炉で暖まりたい。
「アリア、いるかい?」
最後にグリュックをひと撫でしたとき、厩舎にハンジの声が響いた。
「ハンジさん、どうかされましたか?」
困ったような顔をしているハンジに駆け寄る。
ハンジは握りしめていた手紙をアリアに差し出した。訳もわからずアリアはそれを受け取った。
「これを君に渡してくれと言われた。たしか……グリシャ・イェーガーと名乗っていたかな」
「グリシャさんから?」
思わぬ名前が出てきたことに面食らう。
ただの手紙なら郵便配達に任せればいいのに。なぜグリシャが直接?
「急いで読んでほしいとのことだ。彼はこれから仕事があるとかでもう行ってしまったよ。郵便を使わずに自ら届けに来るなんて、よほど急ぎみたいだね」
「ありがとうございます」
アリアは一抹の不安を覚えながらも封を切った。
そこにはグリシャの文字が綴られていた。
紙の上を滑るアリアの目。それは徐々に驚愕で見開かれていった。
「……アリア?」
ただならぬ様子にハンジは声をかけた。
「ハンジさん」
すべてを読み終わったアリアが手紙をズボンのポケットに捩じ込み、顔を上げた。
「エルヴィン分隊長に言伝をお願いします」
「え、うん、まあいいけど……なんて書いてあったの?」
牧草を食んでいるグリュックに近寄る。
かすかに震える手でグリュックに鞍をつけた。その横顔は見たことがないほど緊迫していた。
「これから2日間お休みをいただきます。実家に帰らなければならなくなりました」
状況を飲み込めていないグリュックにアリアは飛び乗った。
「祖父が……倒れたんです」