第5章 男が悪魔になることを望む女
エルヴィンはなにも言えなかった。
口を閉じ、じっとアリアを見つめた。
「わたしたちにはあなたの力が必要なんです」
組んでいた手をゆっくりと解き、エルヴィンは息を吐いた。
「ああ。そうだな」
覚悟が決まった。アリアに背中を押された。
エルヴィンはきっと、だれかの言葉が欲しかっただけなのだ。心ではもう決めていたというのに。
「アリア」
悪魔になることを決めた男と、男が悪魔になることを望む女。
どちらも同じ穴のムジナというやつか。
「これからもよろしく頼むよ」
血にまみれた道を歩くと決めた以上、後戻りはできない。
たとえだれに責められようと、己の心が壊れようと、死ぬまで悪魔を演じなければならない。
乾いた笑い声をこぼす。
「……すまない、アリア」
その道に君も巻き込んでしまったようだ。
アリアはエルヴィンの声が聞こえなかったのか、「はい?」と首を傾げる。エルヴィンはなんでもない、と手を振り、残った紅茶を飲み干した。
「長話に付き合ってくれてありがとう。紅茶、美味しかったよ」
そろそろ仕事に戻ろう、とエルヴィンは立ち上がった。
アリアは空っぽになったティーセットを見て笑った。
「実はこの紅茶リヴァイさんが選んでくださったものなんですよ」
「……リヴァイが?」
突然出てきた名前に困惑する。
「はい。この前リヴァイさんと一緒に紅茶屋に行って」
「リヴァイと紅茶屋?」
「そのときに選んでくださったんです、試しに飲んでみたらとっても美味しくて。スッキリしてて仕事の合間に飲んだらいいかなって思ったんです」
「あのリヴァイが……」
トレイを持ち、「それでは」と一礼して執務室を後にするアリアを見送る。エルヴィンはだれもいなくなった部屋で1人思わず笑い出した。
「ははっ。そうか……なるほど」
野良犬のように荒れていた彼が、まさかな。
だが、相手がアリアなら十分ありえることだろう。
「あとで探りでも入れてみるか」
リヴァイの反応を想像しながら、エルヴィンは椅子に座った。