第5章 男が悪魔になることを望む女
「あなたはそのときに言ってくれました。後悔をするなら、少しでも自分が正しいと思うほうを選ぶべきだって」
アリアの言葉にエルヴィンは目を細めた。
あのときはハンジに頼まれてアリアの元を訪れたのだ。
前を向けるような言葉をかけてやってくれ、と言われた。
エルヴィンは思わず苦笑をこぼした。
「私は……止まるわけにはいかない、などと偉そうなことを言ってしまっていたな。なのに、今の私は……」
「あれは分隊長という立場からの言葉だったのではないですか? ですが今は違う。今は、今のあなたは」
ただのエルヴィン・スミスという男だ。
ただの男がただ本音を話している。
それだけだ。
「でもわたしはその分隊長の言葉に命を救われました。自分がこれからどうやって生きていくべきかを考えることができたんです」
アリアはエルヴィンを見たまま言った。
「分隊長に生かしてもらったこの命、あなたのために使えるのなら後悔はありません。きっとわたしのように考えている人はまだいるはずです。わたしたち調査兵団はそれができる人間の集まりですから」
エルヴィンはなにも言わず、目を伏せた。
言いたいこと、聞きたいことが頭をぐるぐると回ってうまく言葉が出てこなかった。そうしてやっと出てきた声はひどく小さかった。
「もし……俺が、君に仲間を切り捨てるよう頼んだら、君はどうする」
アリアは一瞬考えたあと、答えた。
「すぐには従えないかもしれません。きっと冷静さをなくしてしまうでしょう。でも、それでも、わたしはあなたに従います。わたしたち人類を自由へ導くことができるのは、わたしに海を見せてくれるのは、あなたしかいません」
そして深く頭を下げた。
「どうか、わたしたちのために……悪魔を演じてください」