第5章 男が悪魔になることを望む女
だが、団長となれば話が変わってくる。
調査兵団の兵士は約100名。そのすべての命を背負い、戦わなければならないのだ。
「私の見ていないところで死んでいく兵士もいる。ほとんどの兵士がそうだろう。彼ら彼女らには愛すべき家族がいて、その帰りを待っている。私は……散っていく命の重みに見合うだけの働きができるだろうか」
エルヴィンは手を伸ばし、焼き菓子をつまんだ。
ほどよい甘さのそれをほぼ無意識で噛み砕き、咀嚼する。
エルヴィンの口からこぼれていく本音は、もうアリアに向けてではなかった。自分自身に聞くかのように問うていく。
「そして……なにより私は判断しなくてはならなくなる。仲間の恐怖に染まる顔を見ても、市民からの罵詈雑言を浴びても、大切な仲間たちに死を強制させなくてはならなくなる。私はそれが」
それが、
背もたれに体重をかけ、天井を仰いだ。
「嫌だ」
言ってしまってから我に返った。いや、もっと前の段階からこの口を止めるべきだった。
命を預けている人間の弱音などアリアも聞きたくなかっただろう。
エルヴィンはアリアに視線を戻し、誤魔化すように笑った。
「すまないアリア。今聞いたことは」
「いえ。忘れません」
エルヴィンの言葉を遮って、アリアは言った。
強い光のこもった目でアリアはエルヴィンを見据える。その目に揺らぎはない。
「私はエルヴィン分隊長のことをずっと、完璧な人だと思っていました。いつも冷静で、常に前を見ていて、それこそなにも恐れない超人だと」
アリアはふっと表情を緩めた。
「でも今、エルヴィン分隊長の心の言葉を聞けてその考えがひっくり返りました。こんな言い方したら怒られるかもしれませんが、あなたも人だったんだなって」
失礼な言い方をして本当にすみません。と続ける。
だがエルヴィンは首を横に振り、アリアの言葉の続きを待った。
「私は初めての壁外調査で親友や同期を失い、死のふちにいました。ですが、それを救ってくれたのはエルヴィン分隊長です」