第5章 男が悪魔になることを望む女
「分隊長は一度仕事を始めると一切休憩をなさらない、とランゲさんから伺っていました。わたしがここに紅茶を運ぶようになったのも、ランゲさんに頼まれたからなんです」
ゆらゆらと湯気が揺れる。
エルヴィンは穏やかな表情のアリアを見た。
彼女たちが文通をしているのはアリア自身から聞いていた。その手紙の中でランゲがそれとなく頼んでくれたのだろう。
ランゲが調査兵団を辞めるまでは彼女がここに休憩しろ、と言いにきてくれていた。アリアがそれを受け継いでくれたのか。
「ですから、えっと……わたしが聞くことのできるお話なら、わたしが聞きます。休憩も兼ねて、どうでしょう」
アリアの申し出にエルヴィンは眉を下げた。
次期団長を任されたことは話してもなにも問題はない。話せば少しは心が軽くなるだろうか。
「ありがとう、アリア。それならそこではなくソファに座ってくれ」
「は、はい! 失礼します」
パッと顔を明るくしたアリアはエルヴィンと向かい合う位置に腰掛けた。柔らかな座り心地にアリアの目が輝いた。
「実はキース団長から次の団長になれ、と言われた」
そっとカップに口をつける。
さっぱりとした飲み心地のそれはエルヴィンの脳内を幾分かスッキリとさせてくれた。
「ではもうすぐエルヴィン団長になるんですか?」
「ああ。そうなるな」
カップをソーサーに戻し、話を続ける。
「もともと団長は分隊長の中から選ばれることも多く、私も考えていなかったわけではない。言われたときは驚いたが……」
ソファに深く身を沈める。組んだ手をぼんやりと見つめた。
「私は分隊長として何人もの仲間を共に戦ってきた。ほかの分隊に比べ、部下を死なせたことは少なかった。だが0ではない。0など不可能だ。しかし……」
これはエルヴィンの弱音だった。本来は部下になど見せてはいけない姿だ。
そうわかっていても一度動き出した口は止まってはくれなかった。
「死んでいった仲間が少なかったのは、分隊の人数が少なかったからだ。多くても私を含めて6人。5人の部下ならば私の目の届く範囲に置くことができる」