第5章 男が悪魔になることを望む女
エルヴィン・スミスは悩んでいた。
前回の壁外調査の帰り、団長キースに言われた一言にひどく頭を悩ませていた。
「次の団長は……俺、か」
執務室で1人呟き。椅子の背もたれに背中を預ける。
ちらりと壁の時計に目をやると、もうすぐ3時を迎えようとしていた。エルヴィンが執務室に戻り、悩み始めてからもう4時間は経っている。
ここ最近、調査兵団は大した収穫もなく、ただ兵士を死なせていた。
市民の目が冷たいのも慣れたものだが、その冷たさがさらに増しているのを感じる。税金泥棒だと罵られるのも納得だ。
兵士は畑でぽんぽん採れるわけではないのだから。
そして非難が最も集まるのは団長であるキースに向けてだ。
そのキースが言った。
次の団長をお前に任せたい、と。
そのときは驚き、ろくな返事もできなかったが、キースはもう意思を固めているのだろう。後日改めてエルヴィンの元を訪れた。
「エルヴィン分隊長、失礼します。アリア・アルレルトです」
エルヴィンの物思いを破ったのは軽いノックと柔らかな声だった。
「あぁ。入ってくれ」
その声に返事をし、姿勢を正す。
ドアを開け入ってきたアリアは、湯気の立つ紅茶とポット、それと焼き菓子の乗ったトレイを持っていた。
「いつもありがとう、アリア」
エルヴィンが微笑みと、アリアはなんてことないように首を横に振った。
「わたしが勝手にしていることですので」
椅子から立ち上がり、部屋の中央にある革張りのソファへ移る。
3人がけのソファ2つに挟まれているテーブルの上にトレイを置いたアリアは、床に膝をついたままエルヴィンを見つめた。
「どうかしたか?」
あまりにもまじまじと見つめられ、苦笑しながら聞くとアリアは慌てたように立ち上がった。
「その、なんだかお疲れのようでしたので……」
アリアの遠慮がちな声にエルヴィンは困ったように顎に手を当てた。
悩んでいることが顔に出ていたなんて。
なんと返すべきか考えていると、アリアはポットに視線を流した。