第5章 男が悪魔になることを望む女
雪が降ると音が吸い込まれると言うのは本当だった。
リヴァイも足元を気にしながら歩き、白い息を吐く。
雨のように地面に打ちつける音もない。雷がゴロゴロと脅すように鳴ることもない。ただ淡々と、ひたすらに、雪は降っている。
「幼いころ、母の実家に行ったことがありました」
雪道を歩くのに余裕が出てきたのか、アリアが不意に声を出した。
下を向いていた目線が上がり、前を見る。
「母の実家は北にあったので、雪がとてもたくさん降っていました。わたしと父がそこを訪れたのはちょうど冬の時期だったんです」
アリアの家族の話を、彼女の口から聞くのは初めてだった。
以前ハンジがアリアの弟がどうとか話していたような気がする。
「しかもとても山奥に家は建っていて……。父といっしょに雪の積もった山道を登りました。そこに積もっていた雪は幼いわたしの膝を埋めてしまうくらい深かったのを覚えています」
過去を懐かしむようにアリアの表情が和らいだ。
「途中、疲れて歩けなくなって父に背負ってもらいました。相変わらず雪はしんしんと降っていて、まばらに生えた木々には今にも落ちてきそうなくらいの雪が乗っていました」
地上に出てから雪を初めて見たリヴァイにはアリアの記憶の中にある雪景色がどんなものなのか、いまいち想像ができない。しかし不思議とアリアの話は心地よく、頷いて続きを促した。
「父の足音もわたしの息遣いもすべてが雪に吸い込まれていきました。本当に静かで、文字通り静寂に押しつぶされそうになりました」
ほんの少し雪が積もっているだけでも普段よりずっと静かに感じるが、これがもっと積もれば静けさに圧迫されるのだろう。
アリアがハッとしたようにリヴァイを見上げた。
「すみません、突然こんな話しちゃって。なんだか雪が降るとこのときの記憶が蘇っちゃって……」
リヴァイは首を横に振った。
「俺の知っている世界は地下街とこの地区だけだ。お前がよければでいい。いろんな話を聞きたい」
こんなにも知りたいと思ったのはいつぶりだろうか。
アリアが見てきた景色を自分も見てみたいと思った。
アリアは微笑み、また前を向いた。
「そのあと、父の狩猟について行きました」