第5章 男が悪魔になることを望む女
気持ちよさそうに眠る老婆を起こし、会計を済ませた2人は店から出、その冷気にそろって身震いした。
「わ、雪がちょっと積もってますよ!」
紅茶の入った紙袋を大切に持ち、アリアは声を弾ませてうっすらと積もっている雪に一歩踏み出した。
キュッ、と小気味のいい音がして小さな足跡がつく。
とっ、たっ、たっ、
軽い足取りでアリアは歩き出した。リヴァイもそれを追いかける。
長い間あたたかい店内にいたせいか、余計にこの寒さが身に染みる。マフラーでも巻いてくればよかった。
「きゃあっ!」
寒さに思わず目を瞑った瞬間、アリアの悲鳴が響いた。
驚き目を開けると、アリアは少し先で尻もちをついて呆然としていた。
「平気か?」
均等に続いていた足跡が乱れているのを見る限り、雪で滑って転んでしまったのだろう。
慌てて近寄り、手を差し伸べると、アリアは顔を真っ赤にしてその手を握った。転んでしまったことがよほど恥ずかしかったのか顔から今にも湯気が出そうだ。
「す、すみません……お恥ずかしいところを……」
自分の手とはまた違う、節くれだってはいるが柔らかさを残す手に触れる。
腕に力を入れて引っ張り立たせると、アリアは先ほどとは打って変わって静かになった。しゅん、と俯いている。
なんと声をかけるのがいいのかわからず、リヴァイも黙ってしまった。
沈黙を誤魔化すように握った手を離した。
「次はちゃんと転ぶ前に助ける」
思ったことを口にすると、アリアは申し訳なさそうに眉を下げた。
そんな顔をさせたかったわけではないのだが。
「も、もう転びませんから!」
気持ちを切り替えるようにアリアが言った。
今度はかなり慎重に歩き出した。リヴァイはそれを追うのではなく、横に並んで歩く。
紅茶の袋を、アリアのいる右手から左手へ移した。寒さを堪えるように握りしめていた拳を開く。
「焦らなくていい」
ゆっくり歩いてくれたらそれでいい。
転ばぬように慎重に。
だが、行きのような華やかな話し声が聞こえないのは少し寂しいと。そう思った。