第5章 男が悪魔になることを望む女
麓の紅茶屋は老夫婦が経営している。
若いころは彼女たちも店に出ていたが、最近はめっきり姿を見せなくなったとか。だが、リヴァイとアリアが店に入ると、老婆がカウンターの奥でうつらうつらと船を漕いでいた。
「こ、こんにちは〜」
控えめにアリアが声をかける。しかし起きる気配はない。
見渡す限りほかの従業員はいない。今日はこの老婆が店番のようだ。
売上金が入っているであろう箱と一緒に眠るなんて、危機感がなさすぎる。
起こしてやるべきだろうか、と思案していると、アリアがちょいとリヴァイのコートの袖を摘んだ。
「今はそっとしておきましょう。リヴァイさんがここにいれば盗みを働こう、なんて輩はそうそう出てきませんし」
「前から思っていたが……お前、俺のことなんだと思ってんだ?」
「エッ! そ、そりゃ、あれですよ、すごく強い人に決まってるじゃないですか!!」
明後日の方向を向き、今にも口笛を吹き出しそうなアリアにため息をつき、リヴァイはずらりと紅茶の並ぶ棚に近づいた。
「そうだ、リヴァイさん。ほしい紅茶が見つかったら言ってくださいね! これはこの前のお礼なんですから!」
丁寧にパッケージされている紅茶を見ながらアリアは話を続ける。
老婆の寝息のみが聞こえる店内で、アリアの声はよく響いた。
「思えば、わたしリヴァイさんに助けてもらってばかりですよね。立体機動の訓練のときも、ベインたちから殴られたときも」
「……2回目は、助けたとは言えねぇだろ。俺が本当にお前を助けたのなら、お前はあのとき殴られずに済んだんだ」
アリアが鮮やかな赤色のパッケージを手に取る。手の内でそれを引っくり返し、においを嗅ぎ、するりと親指で撫でる。
そしてアリアは困ったような、今にも泣きそうな顔でリヴァイを見た。
「それでも、あのとき。あなたが来てくれたから安心できたんです。あなたがわたしを抱き上げてくれたから。あなたがわたしの声を聞いてくれたから。だから、わたしはリヴァイさんに助けられたんです」