第4章 自分の大切な人を心配させないように
帰りもそうだった。
死への恐怖から搾り出される断末魔も。絶望に染まった表情も。ナスヴェッターは一度も見ることなく帰ってきた。
「緊張もしていたし、初めて巨人と戦闘もしたから、壁外調査から帰ってきた次の日は食事も喉を通らなかった。でもそれは……恐怖のせいではなかった。死を、目の当たりにしなかったから」
壁外調査を引きずり、数日寝込んだ同期を知っている。
前線にいて発狂した同期も知っている。
泣いて泣いて泣いて、調査兵団を辞めた同期も知っている。
彼らは皆、死を理解してしまったのだ。
「だから前回の壁外調査も、僕はなにも感じなかった。一度目と同じで、恐れる必要なんてないと思っていた。……でも、現実は違ったよ」
雨が降り、信煙弾は機能しなくなり、陣形は混乱した。
前も後ろもわからなくなった。
巨人がそばにいるのも気づけなかった。
「分隊長について行っていたときだ。僕の前を走っていたボックさんが……馬の上から突然消えた」
アリアが息を呑む。
「横を見た。そこには……口元を血まみれにした巨人がいた。その汚い口にボックさんは……まるで、まるで、菓子のように放り投げられたんだ」
あの瞬間を忘れることはない。
血のにおい。巨人の熱。あのとき感じた恐怖。忘れられるわけがない。
あまりにも呆気ない死だった。
肉が潰れる音がして、次に骨が砕ける音がした。雨に混ざって鮮血が降り注いだ。
生まれて初めて人が死ぬところを見た。
「一瞬気を抜いたのが悪かった。僕は巨人に馬ごと真横に叩かれた」
咄嗟に衝撃を逃し、大事には至らなかったが、地面を転がり泥だらけになった。
「吹っ飛ばされた先にたくさんの死体が転がっていた。泥と一緒に大量の血が全身を濡らした」
そのとき、絶叫がナスヴェッターの頭を揺らした。
顔を上げると、さっきボックを食った巨人が新たな兵士を捕まえて咥えていた。その兵士と目が合う。
「助けてくれと、言う暇もなかったんだと思う」
いや、きっと意味のある言葉を放つことすらできなかったのだ。
恐怖に満ちた頭ではなにも考えられなかったのだ。