第4章 自分の大切な人を心配させないように
「……なにを」
アリアから注がれる視線から身を守るように、ナスヴェッターは全身に力を込めた。
アリアの目は優しかった。限りなく。そこには一点の曇りもなく、ただ純粋にナスヴェッターを心配していた。
その目が、ナスヴェッターは怖かった。
罪悪感ごとナスヴェッターの心臓を貫いてしまいそうで、恐ろしかった。
「この前の壁外調査で、僕は死ぬべきだったんだ」
目を覆った手のひらの闇を見つめながら、言う。
「あのときも、今回も、僕はなにもできなかった。人が死ぬのを、傷つくのを、見ているしかなかった」
ナスヴェッターは断罪されたかった。
だれでもない、アリアに「お前のせいだ」と言ってほしかった。そうすれば、きっと心は軽くなるはずだから。
「僕が壁外調査に出たのは前回で2回目だ」
そのためには自らが犯した罪を告白しなければならない。
ナスヴェッターはゆっくりと手を下ろした。
涙に濡れた目で真っ直ぐアリアを見つめる。
「2回目……?」
床に膝をつき、手を組んだ。
神に己の罪を懺悔するために。
「僕は君の前の年に調査兵団に入った。でも、その年はどこぞのお偉いさんが壁外調査に反対したとか、僕自身の怪我とかで、結局1年で一度しか壁外調査には行けなかったんだ」
アリアは黙ってナスヴェッターを見つめ返す。
「初めての壁外調査、僕はエルヴィン分隊長の分隊にいた。その分隊は死者を1人も出さずに補給地点まで行った。僕も、立体機動には自信があったから、特に危険な目に遭うこともなかった」
合わせた手に力が入った。
関節が白くなるまで握った手。痛みなど感じなかった。
「僕が死体を見たのは、荷馬車に積まれるものだけだった。それでも布に包まれていたから、この目で直接死んだ人間を見ることもなかった。同期が死んだと聞かされても、どこか他人事のように感じていたんだ」