第4章 自分の大切な人を心配させないように
「そう、だな」
ナスヴェッターの震えた声に返事し、リヴァイは握りしめていた拳を緩めた。自分の手のひらの血に初めて気づいた、と言うような仕草でポケットからハンカチが取り出される。
粗暴な印象をリヴァイに抱いていたナスヴェッターは、意外にもそのハンカチが清潔なことに驚いた。
「汚ねぇな」
手のひらから手の甲へ視線を動かし、呟く。
ベインの返り血を何度もぬぐいながら立ち上がった。なんの感情も乗せていない目で見下ろし、無言でその首根っこを掴みあげた。
「行くぞ」
ベインに声をかけるが、彼は文字通り虫の息で、返事さえままならなかった。やったのはリヴァイ自身だが、彼はいかにも自分は苦しんでいますと言うような顔のベインにひどく腹が立っているように見えた。
「ナスヴェッター、お前もついてこい」
「は、はい」
こちらを見もせずにかけられた言葉に慌てて立ち上がった。
ベインを引きずりながら、気を失っているオトギに近づく。揺すっても叩いても目を覚ましそうにはなかった。
面倒臭そうに舌打ちをし、リヴァイは軽々とオトギの体を担いだ。
「騒がせたな」
部屋を出る直前、リヴァイは言った。
その一言で、ようやくナスヴェッターの同期たちは金縛りから解放されたように脱力する。
それを見ながら、リヴァイとナスヴェッターはドアを閉めた。
「あの、リヴァイ、さん」
ほとんどの人間が寝静まった廊下を歩く。
どこに向かっているのかも教えられないままのナスヴェッターは、恐る恐る口を開いた。
「なんだ」
「その、助けてくださって、あ、ありがとうございました」
「……怪我はなかったか?」
そこでようやくリヴァイがナスヴェッターを見た。
冬の湖面のように張り詰めていた氷はまだ彼の目の中にある。しかし幾分か冷静さを取り戻したようで、今にも割れそうな危うさはなかった。
「は、はい。おかげさまで」
「そうか」
なら、よかった。
ふっとリヴァイの表情が緩む。
その優しさに、ナスヴェッターは肩の力が抜けたような気がした。