第4章 自分の大切な人を心配させないように
「そこのバカみてぇに伸びてる男がアリアを押さえつけてたんだろ? 抵抗するアリアの動きを封じるために腕を折ったんだろ? 違うのか?」
ベインの元まで行き、リヴァイはしゃがんだ。
そこの、と言いながらオトギを親指で指す。それだけで、オトギは細く高い悲鳴を残し、パタリと気を失った。
「ご、ごめ、なさ、い」
「聞かれたことに答えろと言ったはずだ」
ベインの右腕を乱暴に掴み、眉一つ動かさず折った。
ベインの額から脂汗が噴き出す。痛みで声をあげることさえできなかったらしい。代わりに涙を流した。
「なに泣いてんだ?」
心底不思議そうにリヴァイが首を傾ける。
ナスヴェッターからでは彼の背中しか見えない。それでも、その殺意を自身に向けられているように錯覚した。
「骨を折られたくらいでピーピー泣くな。周りの奴が起きちまうだろうが」
起伏のない声を一切揺らさず、リヴァイはベインの顔面を殴った。
何発殴るのだろう。わからない。
血が床に飛び散る。鼻の折れる音が聞こえた。かひゅ、とベインが必死に息を吸おうとしているのがわかった。
殴る音はそのうち、ナスヴェッターには数えられなくなった。
やめてくれ、と言うようにベインが残った左手でリヴァイの胸ぐらを掴む。
「やめろと言ってもやめなかったのはお前らだろうが」
その手を振り払い、リヴァイは至極冷静な声で言った。
「あんだけ腫れるまでよく殴れたな。疲れなかったか? 拳の皮がめくれて痛かっただろうに。よくも、」
強く握りしめられたリヴァイの手のひらから血が滲んだのをナスヴェッターは見た。爪が食い込んでいるのだ。
「リ、リヴァイさん!」
もう一度殴ろうとリヴァイが拳を振り上げた。それを止めたのは、ナスヴェッターだった。
咄嗟にその手を掴む。オトギのように振り払われるかと思ったが、リヴァイはゆっくりと振り返るだけだった。
「なんだ?」
その表情は凍てついた湖面のようだった。
なにかを堪えるように、しかしもうすぐその氷は割れてしまいそうだった。
「もう、やめましょう。このままじゃリヴァイさんが調査兵団にいられなくなります。アリアは、きっと、悲しみます」