第4章 自分の大切な人を心配させないように
兵舎につき、ハンジと別れたアリアは行くあてもなく歩いていた。
仕事を放り投げていたことがバレ、モブリットに執務室のほうへ引きずられていくハンジの咽び泣く声がここまで聞こえてくる。
ハンジに無理を言ったのは自分なのだから、少しはモブリットも大目に見てくれるといいのだが。
「人のために、自分の心を殺して生きる」
ハンジにかけられた言葉をなぞり、息を吐く。
ふと足が立ち止まったのは兵舎の中庭の前だった。
開け放たれた廊下から一段降りれば、そこには色とりどりの植物が風に揺れている。だれかが世話しているのか、いつ見てもここには綺麗だった。
買ってきた紅茶をいつ渡しに行こう。
しわくちゃになった紙袋を伸ばさなくちゃ。
明日は午後からエルヴィン分隊長のお手伝いを頼まれてるんだった。
わたしは、
「わたしは」
アルミンのために生きているのだろうか。
ハンジに言われ、アリアは考えた。
考え出した脳はぐるぐると回って、深いところまで潜っていく。
(わたしの命はだれのものだろう)
兵士になった時点でこの心臓は人類に捧げている。
だがアリア・アルレルトの命は? だれのものだ? それは本当にアリアのものなのか?
「わからない」
水を与えられたばかりなのか、水滴をまとった花びらがきらりと輝く。
その眩しさに目を細め、アリアは自然と笑みをこぼしていた。
「ううん、そんなこと重要じゃない」
自分の命がだれの手の中にあろうと、アリアには関係ない。
アリアが死ぬのはアルミンに海を見せた後だ。それまでただ進むだけ。なにがあろうと進むだけ。
「わたしは誓った」
アルミンに海を見せると。
「誓った」
その事実があればいい。