第4章 自分の大切な人を心配させないように
「もちろんですよ」
訓練兵時代、キースの代わりとして視察に来たエルヴィンとハンジを案内したのはアリアだ。
あのときのことをそう簡単には忘れられない。
「じゃあ、私が君にどうして調査兵団に入団したいのかって聞いたとき、なんて答えたかも覚えてる?」
アリアは少し考える素振りを見せたあと、頷いた。
「アルミン──弟に壁の外を、海を見せるためです」
ガシガシと頭をかきながら、ハンジは唇の端に笑みを浮かべた。
「それを聞いて、私思ったんだ。この子は調査兵団を長くは続けられないだろうって」
わずかにアリアの歩みが遅くなる。
それに合わせてハンジもゆっくりと坂を登った。
「私が調査兵団に入団したのは巨人をとにかくたくさん殺すためだ。今は違うけどね。でも、言うなれば……私自身の目的を達成するために調査兵団を選んだようなものさ。ほかの仲間は知らないけど。でも」
風が吹き、アリアの髪をさらう。
「調査兵団に入って気づいた。別れの連続だって。私が私の目的を達成するためには多すぎる別れを経験して、屍を乗り越えていかなければならないって」
新兵として入団して、大勢の仲間を失った。共に語らい、将来を誓った仲間はほとんどが死んでいった。
もう、何人の仲間の遺品を目にしたか、ハンジは途中から数えるのをやめていた。
「私は不安だったんだよ。だれかのために、弟のために命を懸けることができるのか、この絶望を乗り越えることができるのか」
ついにアリアは立ち止まった。
「人のために自分の心を殺して生きるのは、辛いことだと思う」
立ち止まったアリアを振り返る。
口を結び、感情を乗せる瞳は前髪に隠れて見えない。片手に握られた、紅茶の入った紙袋がくしゃりと音を立ててシワになった。
「私は君が壊れてるのを見たくない。君は優しいから、こんな世界でも優しさを持っているから、だから」
どうか
「無理はしないでほしい」
真っ直ぐアリアまで届けられた言葉に、アリアは微笑んだ。
「ありがとうございます」