第2章 夢を見る
長い廊下に2人分の足音が響く。
1つはゴッゴッ、という重厚感のある足音。
もう1つはカッカッ、と軽く弾むような足音。
「今年の訓練兵は優秀揃いでびっくりしたよ! 楽しみだなぁ!」
弾むような足音の女、ハンジがほくほく顔で話す。
彼女の頭に浮かんでいるのはもちろん今日視察に行った訓練兵団のことだ。中でも案内をしてくれた少女、アリアが頭の9割を占めていた。
「……って、エルヴィン、なに難しい顔してんの?」
「いや……あぁ、たしかに今年の訓練兵はなかなかよかった。私も楽しみだ」
「で、なんでそんな顔してるの? なにか悩み事?」
どこか上の空であるエルヴィンに再びハンジが問いかける。彼の1歩先に行き、顔をのぞき込む。
エルヴィンの青い瞳にはどこか疲れが滲んでいるようにも見えた。
「次の壁外調査と地下街のことを考えていた」
「次……ちょうどアリアたちが入団してからの壁外調査だね。あと例の地下街のゴロツキたちだっけ? 引き抜きってやつ?」
「あぁ。……ニコラス・ロヴォフとゴロツキに接触があったらしい。おおかた私を殺して自身の不正の証拠を奪えとかそう言うものだろう」
「もしかしてそのゴロツキを次の壁外調査に?」
壁外調査に反対し、調査兵団に当てられるはずだった金を横領していたニコラス・ロヴォフ。彼の不正の証拠を手に入れていたエルヴィンはそれを使い、彼を脅して壁外調査賛成派へ回らせたことがある。
ははっ、と乾いた笑いをエルヴィンはこぼした。声は柔和だし、口角も上がってはいるが目は完全に笑っていない。
「向こうは私を殺そうと私の元へ来ようとしている。そして私たちは彼らの戦力を求めている。まさに利害の一致だ」
「……さすが次期団長候補のエルヴィン・スミスは考えてることが違うね。殺される気も不正の証拠を渡す気もないくせに。と言うかそもそも手元にもうないんだっけ?」
脅しの材料を取り返すためにロヴォフも考えたのだろうな。
しかし彼が取り戻そうとしているそれは既にエルヴィンの手元にはなく、総統のザックレーの元に送ってある。
「やめてくれ。団長なんて考えるだけで大変そうだ」
窓から射し込む月明かりが2人を照らす。
エルヴィンは薄い笑みを口元に浮かべ、喉の奥を鳴らして笑った。