第4章 自分の大切な人を心配させないように
「……エレン、怪我は?」
アリアは静かにエレンのそばにかがんだ。エレンは口を噤んだままなにも言わない。
「ミカサも、怪我はない?」
そばに立つミカサにも声をかけると、彼女はこくりと頷いた。
エレンも見る限りは大きな怪我はない。
治療をして数日すれば治るものだろう。
「とにかくエレン。家に帰って怪我の治療をしよっか」
アリアが手を伸ばすと、しかしエレンはうつむいてその手を取ろうとはしなかった。
「エレン?」
「ぜんぶ、」
喉の奥から絞り出されるような声だった。
「ぜんぶ、ミカサがやったんだ。おれも戦おうとしたけど、逆にミカサの足を引っ張った。おれは、弱い……」
ぼろぼろ、と大粒の涙がエレンの目からこぼれ落ちる。
それを乱暴に拭いながらエレンは言葉を続けた。
「アルミンのパン盗んで、勝手に食って、へらへら笑ってて、ムカついたのに、なにもできなかった」
悔しさに顔を歪めながら、エレンは立てた膝に顔を埋めてしまった。
そのあともなにか言っているようだったが、聞こえなくなる。
「エレン、そのままでいいから聞いてね」
泣き顔を見られたくないのかもしれない。
そう思い、アリアはエレンの手に自分の手を重ね、落ち着かせるように声を低める。
「エレンは強いよ。勇気がある。正義感もあって、わたしは今までエレンのことを弱いだなんて思ったことない」
アルミンのパンが奪われて、いの一番にいじめっ子たちに立ち向かったのはエレンだ。
止めようとしても止まらず、相手が膝をついて謝罪をするまで抗い続けた。
「みんな頭の中ではこうしなくちゃって思ってても、それを行動に移せる人は少ない。みんな心のどこかに、自分以外の人がやってくれるって考えがあるから、どうしても遠慮しちゃうんだよ」