第110章 黒鉄の魚影
呼ばれた先は羽田空港。駐車場に入り止められる場所を探す。途中、見覚えのある黄色のビートルを見つけた。ナンバーも覚えているものと同じだし。
志保は無事だろうけどちゃんとこの目で見て確認したい。でも、あんな接し方をしたのだから怖がられるかもしれない。まだ心の整理がついてないのに追い討ちをかけられたら、結構きつい。
そのビートルから少し離れたところに空きを見つけて車を止めた。ベルモットに着いたことを連絡して、座席を倒した。ごろりと寝転んでため息をつく。目を手で覆って視界を遮った。
あの時、ジンの手を振り切ってピンガに連絡できていたら。何度そう考えただろう。でも、組織に戻る事はできなかっただろうし、ならあれでよかったのか……起きなかった未来をいくつも想像して、起きてしまった現実から目を逸らそうとする。
助手席側の窓がコンコン、と叩かれる。目を開くとベルモットがそこにいて、体を起こしながら座席を戻した。乗り込んできたベルモットの香水がふわりと香った。
『珍しいわね、着物なんて』
「そういう気分なのよ。おかしいかしら?」
『まさか。良く似合ってるわ』
シートベルトを締めて車をだした。
『どこまで?』
「ああ、えっと……」
ベルモットの滞在するホテルを確認し、そこへ向かっていく。途中、真正面から日光を浴びる道があって、その時視界の端にキラリと何かが光った。ちょうど信号で止まったので、その光るものに目を向けた。
ベルモットの着物を締める帯にキラキラと光るブローチ。イチョウを模しているという事は、彼女のお気に入りのフサエブランドのものだろう。生憎私はそのブランドのものは持っていないが、ベルモットが気に入るほどなら少し気になる。
『そのブローチ素敵ね。フサエブランドの新作?』
「……数量限定のね。情報を得るのが遅くてギリギリ間に合わなかったのよね」
『……ん?間に合わなかった?ならどうして?』
「最後の整理券を受け取った小さなレディが譲ってくれたのよ……赤みがかった茶髪の子がね」
そこまで言われれば嫌でもわかった。その小さなレディが志保で、彼女がベルモットにそのブローチの整理券を譲ったのだと。
『それが借りって事?』
「……さあ、なんの事かしら」
車が動き出すと、ベルモットは外を向いてしまった。これ以上何かを話す気はないのだろう。