第110章 黒鉄の魚影
『っ、は……』
鼓動が早くなって息がしづらくなっていく。微かに震える指は動かない。頭の中がまとまらなくてどうしたらいいかわからない。視界もぐるぐるしてきた。
「……チッ」
舌打ちの音と共に、私の手からスマホがするりと抜き取られた。
「ここをおりるまで預かってる」
ジンに取られたスマホに手を伸ばそうにも動けなくて、よろよろと壁に手を着いた。近くに座っていた乗組員が驚いたように顔を上げたが、それに構っている余裕はなかった。
罪悪感が思考だけでなく、心臓まで締め付けていくようだ。始末する事があの方の命令であったとしても。アイリッシュやキュラソーの時とは違ったのだから、その場まで助けに行けなくてもその情報を伝える事はできたはずなのに。
彼が生きていれば志保やベルモットに危害が及んだ。そう思わなければどうにかなってしまいそうだった。それでも私が彼を……ピンガを見捨てたという事実は変わらない。
ああ、そろそろ……潜水艦に仕掛けた爆弾が爆発する時間だ。
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ベルモットから迎えを頼む連絡があった。任務ではないから私服に着替えて駐車場までの道を歩いている。ジンには嫌そうな顔をされたが、どうにか言いくるめて部屋を出てきた。
あの一件以降、組織内は一部を除いていつも通りだ。
ピンガは5年もの間ICPOに潜入していたのだ。そもそも存在を知らない者もいる。たとえコードネームを持つような人間であったとしても、いなくなればそこにまた別の者が当てられる。それが普通だ。
しかし、そうもいかない一部……組織のシステムエンジニアの集まりはここ数日てんやわんやしている。というのも、組織のコンピューターセキュリティに関してはほとんどにピンガが関わっていた。しかも、かなり高度なものが使われているらしい。それを解析して、同じように使えるようにするまでまだ相当な時間がかかるだろう。手を貸してくれと頼まれたが私の知識じゃ役に立てなかった。
そして、キャンティとコルン。マリオ議員の意識回復のニュースを見て顔をしかめていた。2人とも不完全燃焼のようで、ここ数日の任務はかなり派手にやっているらしい……だから、生きていてよかった、なんて正直な胸の内を話す事はできないのだけど。
ベルモットを迎えに行って、その後はいつものバーに行こうか。車に乗り込んでから口紅を塗り直し、車のエンジンをかけた。