第110章 黒鉄の魚影
柱に手を伸ばして振動に耐える。艦内には警報音が鳴り響いていた。
「なんだ!何が起きた?!」
ジンが声を上げた。
「エンジン出火!」
「発電機から浸水!」
「速力低下!」
「モーター停止!」
乗組員達が次々に答えていく。
「サブ電力に切り替えろ!」
「駄目です、繋がりません!」
このままスクリューが止まってしまえば潜水艦は動かない。それどころか沈んでしまうだろう。
『……ジン、このままじゃ』
「……チッ、この潜水艦は捨てる。潜水艇で脱出だ」
「了解!」
乗組員達は潜水艇を動かすために動き出す。数分もしない内に準備ができるだろう。潜水艇を動かす準備だけではなく……組織の情報の詰まったこの潜水艦を吹き飛ばす準備も。
ジンが手早くスマホに文字を打ち込んでいく。あの方かラムに連絡を入れるようだ。
「準備完了しました!脱出できます!」
呼びに来た乗組員の後をついて歩き出した。ちらりと後ろを振り返った時、自身のスマホを見たジンがニヤリと笑ったのが見えた。
順番に潜水艇へ乗り込んでいく。緊急時の脱出用の潜水艇だ。最低限の機能と大きさのせいでかなり狭い。乗組員達が制御盤の前に座れるだけで、私達は立ったままだ。
スマホが震えた。画面を見ると、ピンガから連絡が来ていた。どうやら潜水艦の前に着いたらしい。
急な事があったせいで頭から抜け落ちていた。連絡しないと……このままじゃ潜水艦諸共ピンガも吹き飛んでしまう。
ピンガに脱出した事を知らせようとして、指が止まった。本当に知らせる必要があるのか?知らせなければこのまま……それでいいはずなのに、打ち込んだ文字を消す事ができない。
どうしよう、と考えているとスマホを持った左手を掴まれた。顔を上げるとジンが私を見下ろしている。
「……何をしている」
『え……あ、ピンガに、連絡しなきゃ、でしょ?』
誤魔化す言葉が思いつかなくて歯切れの悪い返事をした。
「必要ねぇ」
『……は?』
ジンの言った意味を理解するのに数秒必要だった。
『でも、このままじゃ巻き込まれて……』
「それでいい。アイツが帰る場所なんざどこにもねぇ」
氷が差し込まれたように頭がスっと冷えていく。驚愕に自分の目が見開いていくのがわかった。
つまり、ピンガはもう……でも、今ならまだ間に合う。あとは送信ボタンを押すだけ、なのに。