第110章 黒鉄の魚影
きっと海上では崩れていくパシフィック・ブイが見られるのだろう……下手に巻き込まれた人間がいないといいのだけど。
ポケットにしまったスマホが震える。取り出して画面を見ると、ピンガの番号が表示されていた。そっと息を吐いて気持ちを落ち着ける。それから通話ボタンを押した。
『……無事なようでなにより』
「お前には聞きたい事があるが……まあ、今はいい。ジンに代われ」
『……うん』
少し離れたところにいるジンの元へ向かい声を掛ける。
『ジン、ピンガから』
「貸せ」
差し出された手にスマホを渡した。
「……早く合流しろ。お前に見せたいモンがある」
ジンはそう言いながらちらりとタブレットの画面を見る。そこでハッとした。
ピンガがこの画像を見たら何と言うか。このシステムがどれだけ正確なのか、見つけ出してきたピンガが理解していないはずがない。今でこそジンは価値のないシステムだと思っているようだけど……もし、ピンガがそれを否定したら。これを送って来たのがベルモットだと知ったら……危険なのは志保だけじゃない。ベルモットまで消される可能性がある。
「……ああ、後でな」
ジンがでんわの切れたスマホを差し出してくる。震えそうになる指先まで力を入れてそれを受け取った。
殺す、しかないのか。ピンガがいなくなれば心配する事はなくなる。システムの価値が再度認められる事がなくなれば、志保に迫る危険は消える。ベルモットだって無事だろう。
最善策であるのは間違いない。1番簡単で確実な方法だ。それなのに、まだ別の道を探している自分がいる。
「パシフィック・ブイはもう沈みやすぜ」
「よし、ピンガとの合流地点に急げ」
時間が無さすぎる。ピンガが合流する前に……でも、何ができる?
焦る思考のせいか、冷や汗がこめかみを流れる。そんな時、乗組員の声が響いた。
「う、海が光ってます!」
「何……?」
乗組員の肩越しに覗いたモニター。その光には見覚えがあった。
東都水族館での一件の時、ヘリを狙撃するために打ち上げられた花火。それによく似ていた。
まさか、海中にあの少年がいるのか?!もし、そうなら……あの時と同じように今度はこの潜水艦を照らしているのだとしたら。
攻撃が来るのは、きっと空から……!
無意識に上を見上げた。それとほぼ同時に艦体が轟音とともに大きく揺れた。