第110章 黒鉄の魚影
「確かに……生きて捕らえて……っ」
ウォッカの声に被るように扉の向こうから音がした。
「発射口、開きました!」
その声を聞いてもジンは動かない。キールのこめかみを一筋の汗がつたった。
『ジン』
強い口調で名前を呼んで、銃を握る手に力を入れた。鋭い視線が向けられて、それでも引くわけにはいかない。
緊迫した空気が漂う。そこへ、また足音がかけてきた。
「小さなスクリュー音をキャッチしました。おそらく水中スクーターかと思われます。十時方向に5ノットで移動中」
別の乗組員が焦ったように言った。それを聞いたからか、ジンはキールに向けた銃を下ろす。自然と私の手も離れた。ジンはそのまま出入り口へ足を向けた。
「よし、そいつを追え」
ジンとウォッカは発令所へ向かっていく。その後ろ姿を見送りながらやっと大きく息を吐いた。
『大丈夫?』
「……ええ」
そう答えるキールの顔色はよくないように思える。いつの間にか右肩を押さえていた。どうやら先程ジンに突き飛ばされた時強くぶつけてしまったのだろう。
「私達も行かないと。また変な言いがかり付けられるのは困るわ」
そう言ってゆっくりとした歩調でキールは発射管室を出ていった。
志保は逃がせた。でも、まだ完全に組織の目から逃れられたわけじゃない。老若認証、このシステムがある限り組織は何度でも志保を見つけ出すだろう。
どうにかしないと……と思考を巡らせ始めたところでスマホが震えた。表示された番号はベルモットのもの。
『も、もしもし』
「そっちは?」
『さっき……直美と、あの子供に逃げられたところ』
「ジンはいるのよね?」
『……ええ。代わる?』
「お願いするわ……あ、その前にタブレットでもう一度シェリーの顔を老若認証で検索してみて」
『……タブレットね。ちょっと待って』
足早に発令所に入りタブレットを探す。そして、ウォッカが持っているのを見つけた。
『ウォッカ、悪いんだけどそれ貸してくれる?』
「え、ええ……何か?」
『ベルモットから連絡があったの……っと、これね』
きっと、何か手を打ってくれたんだろう。そう信じて検索を開始した。すると……
『……えっ?』
「なっ、これはどういう?!」
タブレットを覗き込んできたウォッカが声を上げた。