第110章 黒鉄の魚影
「あら、どうして?」
キールが再びたずねてくる。
「黄色のボタンを押せば発射管に入れるでしょ?後は自動で海水が流れ込み、扉も自動で開く。簡単じゃない」
一言ずつはっきりと区切るように話すキール。事情を知ってるからこそ若干の違和感があるが、それでも自然なのはアナウンサーをやっていたが故か。
「バーカ。普段は魚雷を発射してんだぞ。誰かが間違えてあのレバーを引いたら……」
ウォッカはそう言って木っ端微塵に吹き飛ぶとばかりにすぼめた手をパッと開いた。
『確かに。まぁ、中に人がいるのに躊躇いなく引きそうな人もいるけど』
「レバー?」
『……あら、知らないの?』
「なっ、そんな事も知らねぇで乗ってたのかよ?!来い!」
発射管室に向かうウォッカの後ろをついて行く。
発射管室に入り、発射管の扉の隣にある緑色のレバーをウォッカが指さした。
「この緑色のレバーを引くと、発射管内に圧縮空気が打ち出される。もし、その時中に人がいようもんなら……」
「命を落とす。忘れてたわ」
「大丈夫かよ、お前」
ウォッカは呆れたように言って発令所へ戻っていく。完全に姿が見えなくなったところで口を開いた。
『よかったわね、ここに乗っているのがウォッカで。そうじゃなきゃここまで丁寧に教えてくれないわ』
そう言いながらキールのフードに手を差し込み、中にあるものをつまんだ。キールが慌てて振り返るが既にそれは私の手にある。
「っ……」
『ん?……ああ、安心して。さっきの独り言は本心だから。あとちょっと手助けしてあげるだけ。これも処分しておくから』
キールは困惑した表情を浮かべながらも発射管室を出ていった。それを見送って手に持っていたもの……盗聴器に口を寄せた。
『志保、聞こえてるかしら?そこから発射管室までの道を伝えるわ……』
生憎通信機ではないから一方的に話しかける。
『それから、発射管室に入ってすぐの壁にエアタンクがある。それを持っていきなさい。ゴーグルも2つそばに置いておくから』
キールが動いたという事は誰かが近くに向かっているはずだ。通信手段も何か持っていたようだし。あの博士、もしくはその発明品を持ったあの少年か。誰でもいい。志保が無事に逃げ出せるなら。
『急いで。ジンが合流するまでもう時間が無い……それと、さっきは怖がらせてごめんなさい。どうか無事で』